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「全ての表現の奥にはバイブレーションがある」インディーズ映画の巨匠が念願の映画化 安部公房の代表作『箱男』

RKB毎日放送 2024年9月3日 17時6分

安部公房の生誕100年に合わせ、代表作『箱男』が映画化された。監督は石井岳龍監督(67)。改名する前は「石井聰亙(そうご)」と名乗り、半世紀近くパンキッシュな話題作を作り続けてきた、インディーズ映画の巨匠だ。RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が福岡市で開かれた石井監督のトークショーを取材、9月3日放送のRKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』で伝えた。

インディーズ映画の巨匠・石井岳龍監督

インディーズ映画は、東宝や松竹といった大手の配給会社に頼らず、制作資金を基本的に自分たちで調達し、作っていくことを大事にしている映画です。興行的には、ほとんど成り立っていない映画が多いと思いますが、その世界で半世紀近く戦ってきた石井岳龍監督はすごいですね。最新作の『箱男』は、戦後を代表する作家の一人、安部公房の生誕100年に合わせた代表作の映画化で、8月23日から全国公開。福岡市ではユナイテッド・シネマキャナルシティ13で上映しています。

石井岳龍(いしい・がくりゅう)
1957年生まれ。2010年までは「石井聰亙」を名乗る。1976年、福岡高校を卒業後すぐに母校をロケ地として8ミリ映画『高校大パニック』を制作して注目を浴び、2年後には日活がリメイクし、共同監督を務める。1980年、日大在学中に長編『狂い咲きサンダーロード』を劇場公開。インディーズ界の旗手となり、1984年に制作した『逆噴射家族』はベルリン国際映画祭フォーラム部門に招待され、イタリアのサルソ映画祭でグランプリに輝く。

その後も『エンジェル・ダスト』(94年、バーミンガム映画祭グランプリ)、『ユメノ銀河」(97年、ベルリン国際映画祭招待・オスロ国際映画祭グランプリ)、『五条霊戦記GOJOE』(2000年)、『ELECTRICDRAGON80000V』(01年)を創り上げる。

2010年、石井岳龍と改名。『生きてるものはいないのか』(12年)、『シャニダールの花』(13年)、『ソレダケ/that’sit』(15年)、『蜜のあわれ』(16年)、『パンク侍、斬られて候』(18年)、『自分革命映画闘争』(23年)など、次々と話題作を監督している。

「もう二度とできないことをやろう」

最新作『箱男』のパンフレットには、「ジャパン・インディ・シネマの最前線を駆け抜けてきた鬼才」と紹介されていました。その石井監督が8月31日、古里・福岡市にある書店「ブックスキューブリック箱崎店」でトークショーに出演したので、行ってきました。聞き手は、ブックスキューブリックの経営者、大井実さんです。

石井監督:時代は変わっていくので、「その時点で作ったものが、永遠に新しく、変わらない力、命を持ったものにしたい」という気持ちが強いんですよね。初めて見る方には、新作ですから。ただ、自分が監督した映画が、後の方たち見られると全く思ってなかったんです。当時ビデオもないですから、作ったら終わり。よっぽどの名作じゃない限り、リバイバルはなかったので。要するに、ちょっと演劇に近い感じで。

大井実さん:一回性に…

石井監督:そう、一回性ですね。だから、「もう二度とできないことをやろう」っていう思いがすごく強かった。「これを今、形にして残さなければ、永遠にこれはない」「それを誰もやらないんだったら、私がとにかくやりたい」。それは、今でも変わってないんですけど。

映画は、初めて見る方には新作だ。誰もやらないんだったら、私がとにかくやりたい。監督の言葉がとても面白いのです。「もう二度とできないことをやろう」と言いながら、リバイバルは当時なかったので「一回性」。永遠に残るものを一回性で作るという矛盾も、インディーズっぽいなと思って聞いていました。

世界的作家の問題作『箱男』

原作の『箱男』は、戦後の日本を代表する作家の一人、安部公房(1924~93)が1973年に書いた小説です。私は読んだことはなかったのですが、『砂の女』などはあまりに有名で、「日本を代表する作家」と思われていた人です。映画のパンフレットには「2012年、読売新聞の取材により、ノーベル文学賞受賞寸前だったことが明らかにされた」とありました。「世界的な作家」と言っていいでしょうね。

安部公房(あべ・こうぼう)
1924年生まれ。東京大学医学部卒。1951(昭和26)年『壁』で芥川賞を受賞。1962年に発表した『砂の女』は読売文学賞を受賞したほか、フランスでは最優秀外国文学賞を受賞。戯曲『友達』で谷崎潤一郎賞、『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞するなど、受賞多数。1973年より演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、独自の演劇活動でも知られる。海外での評価も極めて高く、1992(平成4)年にはアメリカ芸術科学アカデミー名誉会員に。1993年急性心不全で急逝。(『箱男』パンフレットより)

主人公は、大きな段ボール箱をかぶって路上で暮らす男。「頭からかぶると、すっぽり、ちょうど腰の辺まで届く」段ボールで、洗濯機を入れるようなサイズです。小さなのぞき窓を開けて、目だけ外からは見えている…何とも変わった主人公です。演じるのは永瀬正敏さん。実は27年前に、石井監督は永瀬さん主演で映画化を試みたのですが、トラブルが起きて中断してしまいました。映画化は、2人の念願だったのです。

それから、箱男になろうとする「偽医者」役に浅野忠信さん。さらに重要な脇役で佐藤浩市さん。「これをインディーズ映画と言うんだろうか」というほどです。

安部公房の原作には、「目立つ特徴があったりすると、せっかくの箱の匿名性がそれだけ弱められてしまう」(新潮文庫、9ページ)とあります。見ていると知られずに人を観察する。匿名性。なんだか、SNS時代のような……。これが50年も前の小説だということも驚きです。映画パンフレットに載っていた対談で石井監督はこう語っていました。

石井監督「永瀬さんの演じる”わたし”は一番、私たちに近い人物だと思います。彼には迷いがあって、先代の箱男の残したノートがなければ立ち行かない。それは情報やスマートフォンがなければ自分でなくなってしまうような感覚に陥る、現代の我々の自画像ともいえる」(『箱男』パンフレットより)

やはり原作の現代性も考えているんだな、と思いました。

暗闇からのぞき見る…まさに映画館

石井監督:元々、原作が純文学で非常に実験的な小説で、読んだ人の数だけ解釈があるという風に作られているので、「読んだ人が箱男になる」ような、「自分が箱男の迷宮にアクセスする」ような仕掛けがしてあるので、はなからそれをまんま描くって、できないんですよ。安部公房さんの原作のエッセンスを、めちゃくちゃ優秀なスタッフたちの能力、映画力をもう限界までやった結果、今回僕らが与えられた条件の中で最善だという方法を取らせていただけたかな、と思いますね。

石井監督:これはやっぱり、体験していただきたいんですよ。「見る人が箱男になる」という体験として作っているので。特に、箱ですからね。これをかぶって窓からのぞき見る。まさに映画館の感じだと思って、映画館で体験していただきたい。「見た人が全部映画を完成させる」が私の持論なので、終わってからが、一番映画の面白いところだ、と言うか。私がそうなので。自分の心に残る映画は、見終わった後から始まる。そういう映画を目指したい。

心に残る映画は、見終わった後から始まる……「なるほど」と思いましたね。実はこのトークショーの時、私はまだ映画を見ていませんでした。台風10号の接近で、上映をしていなかったのです。

「世の中の最小単位はバイブレーションだ」

トークショーでは石井監督の映画論がさく裂して、面白かったです。

石井監督:世の中の根源的なもの、最小単位は、モノじゃなくて波動=バイブレーションだと思っているんです。音楽と非常に親和性が高い。楽器を鳴らすとか歌を歌うとかではなくて、例えば「詩を紡いで小説にする、音楽」。僕らの心の奥とか、使っていない意識とかに侵入してくるバイブレーション……すごく感じるんですね。

世界の最小の単位は物質ではなくて、波動、バイブレーションだというのです。聞いたことがない言葉で、「…すごい」と思ってしまいました。バイブレーションというのが具体的によく分からなかったのですが、自分の映画で以前に採用した博多祇園山笠のカットを例に挙げました。

石井監督:自分では経験ないんだけども、ある経験を起こさせる強いバイブレーションを持っていれば。(映画の中の)山笠は、実像じゃなくて、フォーカスを外して色彩の”にじみ”だけで動いている。逃げ水の中の山笠。それがまさにバイブレーション。その時は、自分で「何でこれを撮りたいのか」「これが必要だったのか」、分からなかったんですよ。

石井監督:その後にインドネシアを旅した時、バリ島で感じたバイブレーションが、山笠をフォーカスアウトにした色彩と全く一緒でした。全ての表現の奥にはそういうバイブレーションがあって、それが受け取る人の心を揺さぶるんだ、と。

僕らもニュースやドキュメンタリーを作ったり、アナウンスで「人の心に届け」と言葉を届けたりしているわけですが、「全ての表現の奥にはバイブレーションがある」。そうだろうなと思いました。

原作の小説と合わせて堪能を

このトークショーの翌日、映画を見に行きました。さすが、インディーズの鬼才と言われるだけに、石井監督の映像は美しい。ただ、1回観ただけでは脳の理解が追いつかないほど情報量がすごくて……パンクした感じでしたね。

私は原作を読んでいなかったので、映画の後に読みました。「あ、これはこういうことだったのか」「これは本のこのシーンだ」と思うことがいっぱいありました。石井監督は、「原作に忠実に映画化した」と話していました。

原作を読んだ人がたまたまトークショーに来ていて、映画を見たら「あ、あのシーンだ!と笑えてしまった」と。笑えたのか、とびっくりしました。

ダンボールを着た浅野さんたちが走ったり、バトルしたりするんですよ。かなりコミカルで、映像的に「おおおー」と思うところはいっぱいありました。原作を読んでみて重なるところがあったので、もう1回観に行ってみようか、と思っています。

この映画は、ちょっと中毒性がありますね。1回で全部理解できる人は、多分いないと思います。「これは何なんだろう?」ともっと気になって……。原作とセットで楽しむことをおすすめします。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材に、ラジオ『SCRATCH差別と平成』(2019年)、テレビ『イントレランスの時代』(2020年)・『リリアンの揺りかご』(2024年)を制作した。

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