国軍の情報収集用航空機1機が8月26日午前、長崎県五島市の男女群島沖で日本の領空を侵犯した。中国軍機による侵犯を確認したのは初めてだ。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が8月29日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、この問題についてコメントした。
中国軍用機の領空侵犯で自衛隊機が緊急発進
超党派の国会議員でつくる日中友好議員連盟のメンバーがきょう29日まで、北京を訪問している。その直前に、中国の軍用機が日本の領空を侵犯した。明らかな主権の侵害だ。概要を改めて紹介しよう。
『中国軍の情報収集用航空機1機が26日午前、長崎県五島市の男女群島沖で日本の領空を侵犯しました。防衛省統合幕僚監部が発表しました。中国軍機による侵犯を確認したのは、自衛隊が1958年に、対領空侵犯措置を開始して以来、初めてです。
防衛省によると、情報収集機は26日午前10時40分ごろ、男女群島の南東側で旋回を開始。午前11時29分ごろから31分ごろにかけて、およそ2分間、日本の領空を侵犯しました。
その後も領空の外で複数回、旋回し、午後1時15分ごろ、中国大陸方面に向かいました。航空自衛隊戦闘機が緊急発進(=スクランブル)し、対応する一方、日本政府は、中国に厳重に抗議しました。』
スクランブルをかけた自衛隊の戦闘機は、宮崎県の新田原(にゅうたばる)基地から、そして、福岡県の築城(ついき)基地から飛び立った。
「鎮西」という言葉を知っているだろう。「西を鎮める」と書く。8世紀に、大宰府を鎮西府と称したところからその名前が付いた。そこから、かつては我々が住む九州の別の呼び方だった。熊本市に総監部を置く陸自西部方面隊が主体となって行う大規模演習、これは離島防衛を想定して九州・沖縄各地で実施されてきたが、この演習の名称は「鎮西」という。
今日(こんにち)、この九州・沖縄エリアにおいて「西を鎮める」とは、防衛面で中国とどのように向き合うか、ということなのだろう。今回の領空侵犯は、まさに「西を鎮めなくてはいけない」現実といえる。
地図で測ってみたが、福岡市中心部から、領空侵犯が起きた男女群島の南東エリアまでの距離は、わずか約250キロ。沖縄の離島・南西諸島での出来事ではない。我々のそう遠くない空で、中国の軍用機が飛来して回っているという現実を我々は重く受け止めなくてはいけない。
北京入りした日中友好議員連盟の会見に現れたのは…
翌27日、日中友好議員連盟の一行が北京入りした。議員連盟会長の二階俊博・元自民党幹事長、自民党の森山裕総務会長、立憲民主党の岡田克也幹事長ら与野党の10人。議連の訪中はコロナ禍もあって5年ぶりだ。先細りする日中間のパイプだが、中国に広い人脈を持つ二階氏が率いるだけに、訪中が注目された。当然、領空侵犯についても中国側に言及しなくてはいけない。
中国の最高指導部から誰が会見に出てくるか。それも注目点の一つだった。どのレベルが登場するかで、その時その時の日中関係のレベル、温度がわかるからだ。昨日28日に会見に応じたのは中国共産党序列3位の趙楽際・全人代常務委員長(国会議長)だった。会見を終えた二階氏の説明によると、趙楽際氏は領空侵犯について「意図的ではなかった」と日本の議員に説明したようだ。
趙楽際氏の発言が伝聞なので、ニュアンスははっきりわからない。ただ、中国は今回の領空侵犯事件について、きちんと領空侵犯をしたという事実は、認めないだろう。「我々は領空侵犯の考えはない」「意図的ではない」ということで、対応を統一していくのだろう。
その前日、中国外務省のスポークスマンもこうコメントしている。「強調したいのは、中国はいかなる国の領空にも侵入する考えはないということだ」。もちろん、中国の軍部が行った行動について、中国の外務省が発言できる権限はない。外務省にとって、言えることの精一杯の範囲だろう。
領空侵犯を「偶発的な出来事」とするには、軍用機の乗務員のミスなり、計器のトラブルなり、その理由を説明しなければいけない。だが、「中国の言い分を100%は信用できない」と、多くの日本人は感じている。偶発的であれ、意図的であれ、中国は日本に明確に謝ることはないだろう。
仮に意図的であったとしたら、中国側の狙いはどこにあるのだろうか? 「領空侵犯、または領海侵犯という事実を積み重ねるため」、また「アメリカ主導の『対中包囲網』。その包囲網に積極的に加わる日本に対する示威行動」、さらには「次の首相を選ぶ自民党総裁選挙を前に、日本をけん制した」。こんな見方がある。いずれも、推測の域を出ない。
中国が領有を主張する南西諸島であれば、「ここは中国のものだ」という示威行為かもしれない。九州本土のすぐ近くの男女群島沖で起きた領空侵犯には、背景を探るのは困難だ。いずれにせよ、日中議員連盟の訪中団に対しても、明確な説明はなかったようだ。
二階氏をもってしても姿を見せない習近平氏
先ほど、会見に応じたのは趙楽際氏を、中国共産党序列3位と紹介した。これは共産党の最高意思決定機関、政治局常務委員における序列の順番で、日本のメディアもそう紹介している。ただし、現在の習近平主席に権力が集中する一強体制において、習近平氏というナンバー1のほかには、ナンバー2以下はいない。だから、会見に応じたのは趙楽際氏も、自らの言葉で話すこともできないのだろう。
習近平氏は、共産党のトップ、国家のトップ、それに軍のトップも兼務している。軍のトップである習近平氏が、自分が最高位の指揮権限を持つ軍の飛行機が隣国・日本の領空を侵犯した、という事件をどうみるか、だれもが注目している。
5年ぶりに実現した日中友好議員連盟の中国訪問はきょう29日までだが、訪中団が望んだ習近平氏との会見は実現しないだろう。ちなみに、議員たちが北京を訪問した27日以降、中国の国営メディアは、習近平氏の動静を報道していない。「今は自分が出るタイミングではない」ということかもしれない。
遡ること9年前の2015年5月には「二階元幹事長の3000人訪中団」があった。二階氏は、日本の観光業界の関係者ら約3000人を引き連れて中国を訪れ、北京の人民大会堂で、日中の観光交流イベントが開かれた。当時、二階氏とそろって習近平氏が壇上に上がった。
習近平氏はその場でのスピーチで、日中の友好協力を進める姿勢を表明した。当時、尖閣諸島の国有化などの影響があり、さまざまな交流が途絶えていた。そんな中、二階氏はあえて3000人を連れて中国の首都に乗り込んだ。その後の関係改善の流れができていった。
二階氏は2017年と2019年にも北京で習近平主席と会談している。中国は二階氏を大切にしてきた。それだけ中国とのパイプを持つ二階氏をもってしても、中国の最高指導者・習近平氏は出て来ない。
中国側としては領空侵犯が起きる前から、習近平氏が出て来ないのは決まっていたのだろうが、領空侵犯が起きたとなれば、なおさら出て来ない。中国の指導部で、唯一、自分の言葉でしゃべってよい習近平氏が、領空侵犯について、語るわけにはいかない。
5年ぶりの議員団の中国訪問。そこでの中国側の対応に、加えて起きた領空侵犯。日中関係は当面、低空飛行が続くのか。低空飛行であっても、領空侵犯は許してはいけない。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。