薬物問題で逮捕された俳優が、依存症という役柄を演じた映画が公開中だ。本人も「こんな役を僕にやらせますか?」と戸惑っていた、と監督は話す。あえて批判覚悟で映画を作った監督には、依存症への理解を広めたいという強い思いがあった。RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が10月22日に出演したRKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』で、インディーズ映画が持つ力について語った。
薬物事件で逮捕された俳優ら多数出演
『侍タイムスリッパ―』(10月15日放送)に続いて、今週も自主映画を紹介します。インディーズ映画とも言いますが、上映・興行を前提に映画会社が作った映画ではなく、自分たちが作りたいと思って資金を集めて制作した映画です。
ギャンブル、アルコール、ゲーム、薬物、買い物、ゲーム、スマホ…さまざまな依存症がありますが、こうした依存症者を「アディクト」と呼びます。映画『アディクトを待ちながら』は、依存症からの回復を題材とした実験的な作品です。福岡市でも10月18日から上映が始まっています。
大物ミュージシャンが覚醒剤と大麻の所持で逮捕されてから2年。様々な依存症の患者=アディクトで結成されたゴスペルグループがコンサートを開こうとしていた、という設定です。
(映画の予告編から) 「アディクトって依存症のことじゃなかった?」「病気の人たち、ということですよね」「誘惑に弱い人たちってことじゃん」「気持ちいいから止められない、でしょ」 アディクト・ゴスペルの会「リカバリー」――私たちは依存症患者で構成されたゴスペルグループです。 「緊張しすぎて、お酒飲みたい!」「私も!」「景気づけに打ちに行こうかな」「コンサートの後、告白する計画らしいっすよー」「…アディクトゴスペルコンサートっていうのをやるんですけど」 「速報です。歌手の大和遼容疑者が、覚醒剤と大麻を所持していたとして現行犯で逮捕されました」 「大和さん来ないってどういうことですか?」「いいよねー、芸能人は逮捕されてもさ、こうやって復活できるんだからさ」「もう、自分じゃどうにもできないのよ…止めたい、止めたい、助けて…」「さびしくって、苦しくって、未来には絶望しかなくって、死ぬことばっかり考えてた」「あなたたち、人生で1回も間違ったことないんですか!そんなことないですよねぇ?」
大和遼容疑者を演じた高知東生さんら、薬物事件の逮捕歴がある人たちが、実際の依存症者や家族とともに多数出演しています。
高知東生さん:1964年高知県出身。1993年に芸能界デビューし、映画やドラマ、バラエティに多数出演する。2016年、覚せい剤と大麻使用の容疑で逮捕。執行猶予判決を受ける。2019年から依存症問題の啓発活動を始め、翌年よりTwitterドラマ「ミセスロスト~インタベンショニストアヤメ」で俳優復帰。Youtube「たかりこチャンネル」で依存症の啓発番組を配信中。
”役を生きる”ことを学ぶ
映画監督のナカムラサヤカさんは、今思えば明らかに依存症の患者だった家族がいたと気づきました。そこで「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表と協力して、依存症を考える短い動画を制作したりしてきました。
監督・脚本ナカムラサヤカさん:助監督として数々の映画に参加。主に佐々部清監督に師事。『FASHIONSTORY-Model-』(2012年)で映画監督デビュー。五輪公式映画『東京2020オリンピックsideA/sideB』ではディレクターの一人として抜擢。また、Amazon『バチェラー・ジャパン』シリーズやABEMA『LOVECATCHERjapan』でクリエイティブチームに参画するなどドラマだけでなく恋リアやドキュメンタリーなど様々なジャンルの演出を手がける。
今回は、様々な依存症を持っている人がゴスペルを歌うサークル、という設定で演技のワークショップを開きました。それを撮影した実験的な映画なのです。
ナカムラサヤカ監督:リアリティのある芝居を学びたくてみんなが来てくれて、「”役を生きる”ってどういうことだろう?」というテーマでワークショップをしていたんです。だから、33人それぞれが、自分のバックボーンとか、どんなことがあったか、そしてこれからどうなりたいか、自分のお母さんはどんなだったかとか、そういうことを全部考えて、実はワークショップに挑んでいるんですね。
ナカムラサヤカ監督:「4日間の間に1本の短編を作ろう」というところから、この映画の企画がスタートしました。撮り終わったものを見て、「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表から、「この映画、とても素敵なので、ぜひもう少し長くして劇場で公開できないですかね?」と相談されたので、「それでは」と前半部分を後から書いて、1本の映画にまとめた作品です。
出演者がそれぞれの役のバックボーンを考えに考え、議論して、そういったものが体の中にある中で、この場面を撮る時に、言葉、表情が出てくる。「役を生きる」という言葉がありましたが、そういうワークショップの学びの場から生まれた映画です。
逮捕歴ある俳優をあえて起用した思い
依存症の経験者をあえて起用するのは、今の日本の映画ではなかなか難しい現状があります。
ナカムラサヤカ監督:1人でも薬物とかで問題がある人が出演しちゃうと、上映中止になってしまう。そういう部分が映画界の中にあったんですね。私も田中さんも、すごく不満で、不服で。もう「私達が作るんだから、4人出しちゃおう」みたいなことで、実は出てるんです。もしかしたらどこも映画をかけてくれないかもしれないけど、やってみようと。
ナカムラサヤカ監督:イギリスのエルトン・ジョンとか、アメリカだとエミネムとか、ドラックやアルコールの依存症になったとしても、きちんと回復のステップを踏んでリカバリーした人には必ず手を差し伸べてくれる社会があるわけです。ブラッド・ピットが回復のステップを踏んでいるんだとは多分なかなか知られていないと思うんです。でも海外にはそういう文化がちゃんとあって、「日本にも広めていきたい」ということも含めて起用しました。
福岡市のキノシネマ天神での上映が先週末から始まったので、土日は監督の舞台あいさつがありました。その時のお話をお聴きいただいています。
依存症は「孤立の病」とも言われます。映画のセリフで非常に印象に残ったのは、「自分が自分のこと好きになれなかったからだろ。アディクトになるってさ」というものでした。ひとの心の隙間に忍び込んでくる依存症。依存しないと耐えられなくなる。
そして、孤立が多くの人の原因になっているケースがある。ですから、高知さんたちは、きちんとした更生プログラムを受けていて、同じ立場の人たちで助け合いながら生きています。その様子をワークショップで演じている、という形です。
ラストは「シナリオなし」の即興芝居
驚いたのは、映画のラスト15分、台本がなかったことです。ある時点から、台本はないまま、役者の即興の反応によって進行していきます。シナリオなしの即興芝居。どう終わるか分からないまま、撮影しました。その緊迫感に息を飲みます。
ナカムラサヤカ監督:全て、みんなのアドリブですね。即興劇です。今回、私がこの映画を監督するということになった時に、「何か今まで、日本映画でやったことないことができないかな」と思って、初めてのことをやってみました。
まさに、実験的な映画なのです。成立するかどうかなんて、わからない。やってみたら、きわめて迫力あるシーンが撮れています。あの長台詞が即興だった、と知って驚きました。
理解広がって…アディクト家族の思い
映画館には、依存症の家族を持つ人たちがたくさん訪れていましたので、上映後にお話をうかがってみました。
夫がアディクトの女性:ギャンブル依存症って本当に病気で、根性論では治せない。そういう病気になってしまった、でも回復はできるんだよ、と知ってもらいたい。うちの夫、ものすごく優しいんです。とってもよき父親であり、よき夫であり、仕事もちゃんとやっている。そういう人でもなる病気なんだ、ということを世間の方に知っていただきたいと思っています。長男がいるんですけど、一緒に映画をもう1回見たいなと思っています。
息子がアディクトの女性:私よりも本人の方が苦しかったし、今も苦しんだと思うんだけれど、そういうのが認知されていない。ただ「うちの息子は金遣いが荒い」というだけで、日常が進んでいった。「否認の病だよ」と聞いたからわかったんですけど、自分では認めない。でもこの会に入って、家族の対応の仕方を教えてもらった。ずっとお金を渡し続けていると、依存症という病気は本当にどんどん重症化する、というのも教えてもらった。「同じ悩みを持っている人が、こんなにいるんだよ」と知らせたいし、教えたい。
薬物問題を引き起こした俳優に対して、「もう見たくない」「作品も放送してはいけない」と批判する人がいます。しかし、映画の中で出てきた、「あなたたち、人生で1回も間違ったことないんですか!そんなことないですよねぇ?」というセリフが胸に残りました。ただ単に突き放す無理解な行為は罪深いのでは、と思いました。誰しもが、孤立して依存症に陥ることはありうると思います。
ナカムラ監督に、「依存症をどう捉えたらいいのでしょうか」と聞きました。糖尿病にかかったら、まず医者に行き、治療を受けますよね。でも完全には治らない。だから病状をコントロールする必要があるのです。依存症も完治しない病気なので、まず医者に行って診断を受けてほしい。病状をきちんとコントロールしていくことで生きていける――。「なるほどな」と思いました。
「病気のせいにするな」という人もいますが、当事者がかなり多いことは、上映中の館内を見ても明らかです。僕にも家族にも起こりうる問題だと、映画を観て考えされられました。映画『アディクトを待ちながら』は、福岡市のキノシネマ天神で上映中です。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園障害者殺傷事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー最新作『リリアンの揺りかご』は、9月から各種プラットホームで有料配信中。