先日行われた米大統領選挙は、トランプ氏がホワイトハウスにカムバックする結果となった。11月11日にRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した飯田和郎・元RKB解説委員長が、「トランプ次期大統領と世界」というテーマで、今後の展望についてコメントした。
不安感がぬぐえないトランプ氏の返り咲き
トランプ氏が勝利宣言したのは、日本時間11月6日の午後。それに続いて、米大手メディアも、次々とトランプ氏の「大統領返り咲き」を報じた。あれから間もなく1週間。米国人ではない我々も、いまだによどんだ気持ち、不安感がぬぐえないのではないか。
と言うのも、トランプ氏は前回大統領在任中に2回、弾劾訴追を受けた。退任後も複数の罪で刑事訴追や有罪の評決を受けた。その人物が、なぜこれほどの支持を得ているのか。外国のことながら、「これから世界はどうなっていくのか」という思いだ。
米国人は何を重んじるか? 米CNNなどが実施したものだが、今回の大統領選投票後の出口調査によると、「最も重要な課題は何か?」という設問に対し、有権者は全体の35%が「民主主義のあり方」と答え、最も多かった。次が「経済」と答えた人で31%だった。
ただ、その「民主主義が最も重要な課題だ」と回答した人の81%が、民主党のハリス副大統領に投票していた。一方、2番目に多かった「経済」と答えた人の79%がトランプ氏に投票した。それも含めて、大統領選挙の結果は、米国民の選択。しかし、国際情勢を見渡すと、やはり「民主主義が損なわれ、このままでは大きく後退してしまうのではないか」という強い懸念がある。
“米国分断”で中国やロシアは「好機到来」
ウクライナに戦争を仕掛けたロシア、覇権主義的な色彩を濃くする中国。その中露と深く結びつく北朝鮮やイラン。パレスチナとイスラエルの戦火もやまない。先週のこのコーナーで、私は「2人の大統領候補のうち、中国は『トランプ大統領“復活”』の方がやりにくいのではないか」と言った。
確かに、トランプ氏は「中国からの輸入品には一律60%の関税をかける」と宣言している。米国最優先、極端な保護主義を打ち出すと見られている。そうなれば、中国は米国に報復関税をかける。貿易戦争になる。どちらも疲弊するかもしれない。
しかし、一方で、その米国最優先、自国第一主義という、トランプ流の手法を、中国、そしてロシアは「今こそチャンスだ」「好機到来」と感じているような気がする。
中国にロシア、イランに北朝鮮。これらの国々が結びあって、米国主導で築かれてきた世界秩序を崩そうとしている。その一環として、中国とロシアは中心になって地域協力組織「上海協力機構」という枠組みをつくっているが、昨年、ここにイランが加盟した。
もう一つの中ロが主導する国際組織に、主要新興国のグループ「BRICS」がある。こちらにも今年1月末、イランなどの新規加盟が決まり、加盟国は5か国から9か国になった。日米を含む先進7か国(G7)に対抗する姿勢を明確にし、自らの影響力を強めようという動きだ。米国流の価値観、米国流の民主主義という価値観を受け入れない、または一線を画する国々だ。
一方、米国自身が自らの価値観を軽んじて、国内で分断が進み内向きになる。そして、米国と価値観を共にしてきた国々との間でも、安全保障や経済でトランプ流の取引(=deal)によって損得勘定が優先されれば、米国は求心力を失う。秩序を守るための規範(=モデル)を損なえば、中国やロシアといった国々の、思惑どおり、都合がよくなってしまう。
“皇帝タイプ”が覇を競う世界に?
民主主義を劣化させる異なる意見の排除、ウソ、扇動、ルール無視…。どれもトランプ氏の過去の行動から思い浮かぶ。
多様性の反対にある差別。「移民がペットを食べている」というデマ、そのデマは訂正されるどころか、拡散していく。強弁による扇動。社会を構築する上で不可欠なルールや秩序の否定…。民主主義の旗手であるはずの米国で、そんなことがまかり通っている。
その米国を再び率いるトランプ氏も、中国の習近平主席も、ロシアのプーチン大統領も、いずれも民主主義、法の支配を軽んじる、または否定している点がよく似ている。米国、中国、ロシアは国連の5つの常任理事国のうちの3つ。つまり自由主義陣営の次のリーダーも、反米国・専制主義の大国のリーダーも、強権体質の指導者になるという点が類似している。そして、中露のその専制ぶりは、トランプ氏の前回の大統領在任中より、強固になっている。
トランプ氏は一貫して「MAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大にしよう)」と叫び続けた。片や、習近平主席は「中華民族の偉大な復興」という目標を掲げる。プーチン大統領はソ連時代を理想した「強いロシアの復活」に進む。3人それぞれ、復活を目指す時代は違っていても、「国を牽引し、目標を果たし得るのは、自分しかいない」という強烈な自負だ。
そういう意味では、「力が全て」という皇帝タイプが、覇を競う世界になるのだろうか。ウクライナにパレスチナ。地球上のあちこちで危機が増し、その危機が交じり合う。そこに皇帝タイプのリーダーが、それぞれの思惑で関与する――。とてもきな臭い。
今こそ思い出したいオバマ元大統領の演説
大統領の就任式は来年1月20日。しかし、そこからトランプ政権が始まるのではなく、事実上、当選とともにスタートしている。長い、長い4年間が始まった。
トランプ氏の再登板が決まって、思い出した演説がある。それは、バラク・オバマ氏が大統領として最後に行った2017年1月のスピーチだ。
『民主主義には、団結という基本的な意識を必要とします。外形的な違いはありますが、「私たちは共にある」という考え方です。私たちは事実かどうかに関わらず、自分の意見に合う情報だけを受け入れるようになってしまっています。政治は、思想の戦いです。しかし、共通の事実に基づかず、相手の言い分にも一理あると認めることができなければ、議論はかみあうことがなく、妥協し合うこともできないでしょう。秩序は法や人権、宗教や言論の自由などに基づくものです。今、この秩序が脅威にさらされています。この危険は、異なる外見や言葉、信仰を持つ人々への恐怖、法の支配への侮辱、異なる考えへの不寛容です。』
過去を懐かしむだけではいけない。理念だけでは平和は維持されない。だけど、世界はさらに混沌とした時代へ突入するのだろうか。今、起きようとしていることは日本も無関係ではない。今こそ、このオバマスピーチの訴えをかみしめたい。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。