中華圏は今、ちょうど春節。多くの人が故郷に帰省したり、旅行したりして過ごす。まさに「中国版の民族の大移動」が起きている。しかし、中国国内の移動の風景が今年、様変わりしているという。2月3日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した、飯田和郎・元RKB解説委員長がコメントした。
春節で見えた中国国内の交通手段の変化
先週、福岡から北海道へ飛び、札幌、旭川、そしてオホーツク海に面した紋別を回った。どこへ行ってもインバウンド(外国人観光客)であふれ返っている。2024年1年間に、日本に訪れた外国人は前年比47%増の約3700万人で、過去最多になった。それをまざまざと感じる光景が全国どこででも広がっている。紋別はこの季節、流氷見物でにぎわう。聞こえてくるのは、英語、フランス語、中国語、広東語、韓国語、それにタイ語も…。
中華圏は今、ちょうど春節(=旧正月)だ。暦によって毎年、春節は数日異なるが、中国では今年の場合、1月28日から2月4日までが、国の定めた8連休となっている。多くの人が故郷に帰省したり、旅行したりして過ごす。まさに「中国版の民族の大移動」だ。
8連休の前後を含め、中国政府の推計でのべ90億人が移動する。人類の総人口が82億人だから、のべ人数とはいえ、それを上回る。ただ、今回は春節休みを海外で過ごす中国人ではなく、国内を移動する人たちの話をしたい。ひと言で言うと、「『民族の大移動』の交通手段が変わりつつある。そこから今日の日本の産業も見えて来る」――そういう話だ。
コロナ禍を経て接触を減らすためマイカーにシフト
帰省や行楽地へ向かうのは、かつてのような長距離列車、長距離バスによる移動ではなく、マイカー族が増えているそうだ。中国政府の発表によると、自家用車で移動する人が全体の8割=のべ72億人に達するという。みんな豊かになってマイカーを購入、そして帰省する人は、たくさんのお土産をクルマに積んで…ということだろう。
高速道路の1日当たり交通量は、過去最高を記録しそうだ。中国では春節に合わせた8連休の間、中国全土で高速道路の通行料金が7人乗りまでの乗用車を対象に無料となる。年末年始、ゴールデンウイーク、それにお盆休みなどは、ETCを使った割引料金の適用がなくなる日本とはまったく逆だ。
旧正月なので、国から国民への“お年玉”なのだろうか。もともと期間限定の無料化は以前から存在する。だが、コロナ禍を経験した今は、多くの人が動く多客期は、接触を減らすという意味合いがあるのかもしれない。
EV(電気自動車)の急速な普及が進む中国
列車やバスでなく、マイカーがこれほど増えた中国。そこで、必要なものが出てきた。そして、そこから見えて来るものがある。
それはEV(電気自動車)用の充電システムの設置台数だ。政府の交通運輸省(日本の国交省に相当)によると、2024年末現在で中国国内の高速道路のサービスエリアに、充電スタンド計3万5000基を設置したという。年が明けてすぐの春節前に、中国政府が充電インフラを整え、春節の大移動に万全を期したわけだ。
EV(電気自動車)の人気は失速したとの指摘があるが、中国では今も伸びている。実は昨年、春節の大移動で、バッテリー切れによる立ち往生、充電のためのクルマの大行列が問題になり、EVの弱点も露呈した。
中国自動車工業協会は1月13日、2024年1年間のEVなど「新エネルギー自動車(NEV)」の販売台数が初めて1000万台を超え、1300万台近くになったと発表した。「新エネルギー車」とは、電気自動車ほか、プラグインハイブリッド車、燃料電池車を指す。前年比36%増で、10年連続で世界のトップだ。すべての新車販売に占める新エネルギー車のシェアも4割を突破した。つまり、新車10台のうち4台は新エネルギー車だ。一方、ガソリン車などは前年比約1割減となった。
日本の自動車メーカーの中国マーケットは縮小傾向
日本の自動車メーカーは依然、ガソリン車が主軸で、日本勢は中国市場で苦戦している。少し前まで、中国人が抱くトヨタ、ホンダ、日産といった日本車への「崇拝」「神話」はすさまじかった。
私が新聞社の北京特派員だった20年前、オフィスの社有車を買い替えた。クルマを買う前、雇っていた中国人ドライバーが、私にこう哀願した。「買うなら、次も絶対に日本のメーカーのクルマにしてくれ。ヨーロッパや韓国のメーカーのクルマだったら、運転手仲間の間で、自分は肩身が狭い。まして性能が悪くてダサい中国のクルマなんて」と。
私は欧米や韓国のクルマの方が、安いから、そっちにしたかったが、日本車の新車を選んだ。その中国人ドライバーは、鼻を高くしていた。それが今や…。電気自動車を含む中国メーカーの新エネルギー車が国内だけではなく、世界市場を席巻している。まさに隔世の感がある。
日本メーカーのクルマの販売減は深刻だ。中国のメーカーは手頃な価格ながらも高性能な電気自動車(EV)やハイブリッド車の新型モデルを次々と出し、市場シェアを拡大している。
先週、日本の自動車メーカーの、世界での昨年の販売台数がまとまった。トヨタは5年連続で世界トップを維持したが、中国の新エネルギー自動車の大手・BYDが初めてホンダ、日産、スズキを抜いた。BYDの販売台数は実に41%も増えて427万台。BYDをはじめ、価格競争力が高い中国勢の攻勢で、日本勢は苦戦を強いられている。
日産は中国国内の一部の工場を閉鎖。三菱自動車は中国での生産・販売から撤退した。ガソリン車が主体の日本勢は、どこも中国での戦略が転機を迎えている。
世界全体のEV販売台数の4割占める中国
中国ではEV車を購入する人への補助が手厚い。「2060年までにカーボンニュートラルの実現を目指す」と、中国政府は国家指針に定めている。柱の一つが、電気自動車など新エネルギー車と呼ばれるクルマの普及だ。中国の2023年の電気自動車販売台数は810万台。世界全体の電気自動車の販売台数は約1400万台だから、中国が約6割を占める。一方、日本は同じ2023年の電気自動車販売台数は14万台と世界のわずか約1%だ。
中国は国が号令をかけると、業界全体がそれに従う。スピーディーだ。EVという得意分野の産業育成という意味合いもあるのだろう。
BYDは会社ができて今年30年。自動車事業に参入して、まだ22年の新興メーカーだ。急速に進む中国のマイカー移動ブーム、同時にその移動手段は中国国産自動車メーカーの新エネルギー車が柱になりつつある。それは、日本の自動車メーカーの中国市場、国際市場での衰退を意味し、中国の道路を走る日本車が減っている。そんな風景が見えたのが、春節の「民族の大移動」と言えるだろう。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。