トランプ大統領はパナマ運河について「中国が関与している」と言い切り、「アメリカが奪還する」と公言している。国際情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が2月10日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、「アメリカの裏庭」と言われる中米で繰り広げられている米中摩擦についてコメントした。
きな臭くなってきた米中摩擦
2月7日に行われた日米首脳会談では、東アジアの安全保障がテーマの一つになった。中国の海洋進出が懸念されているが、トランプ政権はその中国からの輸入品に10%の追加関税を課した。合成麻薬が中国からアメリカへ流入しているというのが理由だ。一方の中国政府はアメリカからの輸入品に追加関税を課し、対抗措置として2月10日に発動する。状況はますますきな臭くなってきた。
きょうのテーマは、その米中摩擦。それも中米での摩擦について話したい。にわかにクローズアップされてきたパナマ運河の話だ。トランプ大統領はパナマ運河について「中国が関与している」と言い切り、パナマ運河を「アメリカが奪還する」と公言している。
まず、パナマ運河がいかに中国にとって重要かを説明していきたい。パナマ運河は、カリブ海側の港から太平洋側の港に至る全長82キロメートルの水路だ。JR鹿児島本線で博多駅から門司港駅までの距離とほぼ同じといえば、イメージしやすいだろう。
運河を通れば、アメリカ東海岸の大西洋側と西海岸の太平洋側を最短距離で結べる。運河の開通前、船は南米の最南端、ホーン岬を経由していたが、大幅に時間短縮できるようになった。アメリカ政府が運河を開通させたのは1914年。20世紀初頭、アメリカはアジアや太平洋地域へ進出を始めていた。さらに容易にするために、東海岸から太平洋に出るルートが必要だった。
当時のパナマは、コロンビアの一部だった。アメリカ政府は、運河を建設し、運河を支配することを認める条約をコロンビア政府との間で締結した。やがてパナマは独立するが、運河の開通で得られる莫大な通行料のほとんどがアメリカの懐に入った。
アメリカ政府が運河を建設したとはいえ、当然、パナマは不満だろう。1968年には運河の返還問題も絡み、パナマでクーデターも起きた。やがてアメリカとパナマは新たな条約を結んだ。①運河の所有権や運営をパナマ側に引き渡すこと、②パナマへの年間支払い額を増額すること、③運河地帯の運営にパナマ人を参加させること――などを定め、1999年12月31日、パナマ運河と運河周辺一帯がアメリカからパナマに引き渡された。
運河を運営しているのは香港の企業グループ
今から四半世紀前に、運河は「パナマのもの」になった。だが、再登板したトランプ大統領は「いや、運河はアメリカのものだ」と言い始めたわけだ。トランプ大統領はこう、はっきりと言っている。
「パナマ運河は、わが国がこれまで建設した中で、最も費用のかかったプロジェクトだ。現在の価値に換算すると、2兆ドルに相当する」
2兆ドルは日本円で300兆円。本当に「返せ」というより、トランプ流のディール=取引材料にしようという脅しのようだ。そこに「中国の存在」がある。
中南米には新興国・途上国が集まる。これらのエリアは、中国の外交戦略上、とても重要だ。パナマ運河に関しては、太平洋側と大西洋側の両側で港湾を運営するのが香港に拠点を置くグローバル企業、CKハチソン・ホールディングスの子会社。運営する運営する権利は、2047年(=今から22年後)まで、この香港企業が持っている。
トランプ大統領からすると、「この香港の会社は中国共産党の影響下にある」だから「中国が運河の航路を実効支配している」。そして「アメリカが奪還する」と吠えているわけだ。習近平主席は、香港への統制を強化している。企業も例外ではない。
また、こんなことがあった。パナマ運河では拡張工事が行われ、2016年に完成し、現在の新しい姿になった。幅で49メートル拡張され、水深もさらに掘り下げられた。より大きな船が通過できるようになった。拡張された新しいパナマ運河を最初に通過したのは、中国のコンテナ船。栄えある第一号だ。中国が猛スピードで、このエリアに進出していることを象徴する出来事と言えないだろうか。
「一帯一路」からの離脱に動き出したパナマ政府
新興国・途上国に中国が呼びかけているのが巨大経済圏構想「一帯一路」だ。その「一帯一路」構想をめぐっては、パナマのムリノ大統領が2月6日、中国主導の「一帯一路」からの離脱に向けた手続きを正式に開始したと述べた。来年2026年に「一帯一路」の今の協定が期限を迎えるが、更新しないと明言した。
別の情報だが、パナマ政府は、運河の港を運営する香港企業との契約を解除するかどうか検討に入った――アメリカの通信社は、このように報じている。
トランプ大統領の要求に沿うようなパナマの対応に、中国は当然、反発する。中国外務省は、アメリカに抗議した。また、7日のことだが、中国の外務次官補が北京のパナマ大使を呼び、こう忠告した。
「アメリカが中国とパナマの関係を損なって『一帯一路』を弱体化させている。中国は断固反対する。パナマは外部の干渉を排除して、正しい判断をすべきだ」
パナマを足がかりに中米での台湾断交を進める中国
先ほど、「新しいパナマ運河を最初に通ったのは、中国のコンテナ船」と紹介し、それを「象徴的な出来事」と表現したが、中国にとってパナマはもう一つ「象徴的な存在」といえることがある。
2017年6月のこと。パナマはそれまで台湾との間で持っていた国交を断絶し、中国との国交樹立にスイッチした。中米・カリブ海諸国ではその後、台湾との関係断絶が続いた。ドミニカ共和国、エルサルバドル、ニカラグア、ホンジュラス…。いわゆる「断交のドミノ現象」だ。
台湾を孤立に追い込むため、多額の経済支援をテコに、台湾との関係を絶つように迫るのが中国の方法。中米において、パナマはその発端だった。パナマは、太平洋と大西洋をつなぐ海上貿易の要衝・パナマ運河を所有する。中国当局にとっても、パナマは要衝だ。
パナマとの国交を台湾から奪い、パナマ運河の港を香港の企業が運営する。これらのことは、世界にネットワークを広げる中国の勢いを示すようだ。
パナマ運河の最大の利用国はアメリカ。アメリカで扱われるコンテナ輸送全体の4割が通過する。有事の際、港を運営する香港企業が、中国当局の指示で運河を閉鎖すれば当然、アメリカの安全保障に大きな影響が出る。トランプ大統領の圧力によって、パナマは譲歩の姿勢を示しているようだが、中国も黙っていないだろう。関税の報復合戦も含め、米中関係の今後を注視していきたい。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。