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突然の「告発」、事後処理で浮かんだ一般認識との乖離 鹿児島県警の不祥事隠蔽指示疑惑

産経ニュース 2024年9月9日 8時0分

鹿児島県警で6月に浮上した、トップである本部長が職員の不祥事の隠蔽を指示したとされる疑惑。情報漏洩(ろうえい)で逮捕・起訴された元生活安全部長が「告発者」となったことで全国的な注目を集め、警察庁が特別監察を実施する事態に発展した。結局、隠蔽は「なかった」と結論づけられ、県警は8月、頻発していた警察官の逮捕などを含む不祥事に関する再発防止策をまとめたが、一連の経緯からは、警察当局と一般社会との「認識の乖離(かいり)」も浮かぶ。

ノンキャリ元エースが

今回の問題が発覚するまでの流れは複雑だ。

鹿児島県警では昨年、性犯罪や違法薬物に絡み警察官が逮捕される事案が発生。今年に入っても捜査資料を漏洩したとして4月に巡査長、同月に不同意わいせつの疑いで警部、5月には盗撮などの容疑で巡査部長が、相次いで逮捕された。

4月に逮捕された巡査長は、福岡県を拠点とするウェブメディアの運営者に、捜査情報が記載された「告訴・告発事件処理簿一覧表」などの情報を渡していたとされる。

この巡査長を捜査する過程で、3月に県警を退職した元生活安全部長の本田尚志被告(60)=国家公務員法違反罪で起訴=が職務上知り得た秘密を外部に漏らしていた疑いが浮上。県警は5月31日、本田被告を同法(守秘義務)違反容疑で逮捕した。

県警にとってはこれだけでも相当な不祥事だが、事態はこれで収まらなかった。

6月5日、本田被告が鹿児島簡裁で開かれた勾留理由開示手続きの中で、自身の行為は認めた上で「野川明輝本部長が県警職員の犯罪行為を隠蔽しようとしたことが許せなかった」と動機を説明したのだ。

本田被告は、5月に逮捕された巡査部長による盗撮事件の捜査過程で、本部長が「『最後のチャンスをやろう』『泳がせよう』と言って、本部長指揮の印鑑を押さなかった」などと発言。不祥事が続発する中、「新たな不祥事が出ることを恐れたのだと思う」と理由を類推した。

また、同じ時期に進んでいた、別の巡査長によるストーカー容疑の捜査についても公にされなかったと指摘。「不都合な真実を隠蔽しようとする県警の姿勢に、さらに失望した」などと述べた。

本田被告は、組織犯罪対策課長など捜査現場の要職を歩んだノンキャリアの元エース。一方の野川本部長は、東大法卒のキャリア。警察庁の警備局東京五輪準備担当課長など警備畑のポストを渡り歩いたエリートだ。

野川氏が保身のため、不祥事事案の逮捕や公表に「待った」をかけた-。たたき上げで県警本部の部長にまで上り詰めた人物が語った「ストーリー」は、衝撃を持って受け止められた。

30年前の「衝撃」に匹敵

「『裏金』以来の醜聞だ」。ある警察OBは、今回の鹿児島県警の不祥事について、平成5年に北海道警で発覚した不祥事を引き合いに、こう嘆息した。

道警の不祥事は、架空の捜査経費を組織的に計上し、裏金化していたというもの。道警のほぼ全ての部署で不正経理が判明し、逮捕者こそ出なかったが約3千人が処分された。文字通り、警察組織全体を震撼(しんかん)させるスキャンダルだった。

OBは「道警の裏金は、元防犯(生活安全)部長の警視長が記者会見を開いて告発したことでも注目された。(本田被告が)公の場で隠蔽の指示を主張したのと状況が酷似しており、警察組織の信頼を根底から揺るがした点も、今回と共通する」と指摘した。

特別監察前に「結論」

本田被告は、面識がない札幌市に住むフリーの記者にストーカー事案の捜査などの内部情報を郵送で送っていた。4月に情報漏洩で逮捕された巡査長に絡み、県警が福岡のウェブメディアの関係先を家宅捜索した際、本田被告が記者に送った内部情報のデータが見つかった。

OBは「札幌の記者を選択したのは、そうしたこと(道警の裏金問題)を意識していたのかもしれない。デジャブのようで、警察庁も頭が痛いだろう」と語るが、疑惑の「肝」は、本部長による隠蔽の指示の真偽だ。

野川本部長は「隠蔽の意図をもって指示したことは一切ない」と隠蔽を強く否定。警察庁は6月24日~8月2日、県警に対し特別監察を実施した。

ただ、この検証作業の前に「決着」はついていたともいえる。

特別監察の実施を発表した6月21日、警察庁は野川本部長に「長官訓戒」の処分を下した。理由は「捜査状況の確認を怠った」などというもの。本部長による隠蔽の指示は「なかった」と結論付けた上で、懲戒処分ではない監督責任上の処分をした格好だ。

特別監察は、隠蔽の指示の有無を確認するわけではなく、昨年来続いた一連の不祥事を踏まえ、鹿児島県警が取り組む再発防止策が「しっかりと行われるよう」に「指導する」のが目的だった。

こうした特別監察を経て県警が8月2日に公表した「一連の非違事案の原因分析とそれを踏まえた再発防止対策について」と題された文書では、本田被告が言及した巡査部長の盗撮事件について、被告が野川本部長に「報告や指揮伺いをした事実は認められなかった」と記載。

巡査長によるストーカー容疑の捜査については、捜査自体は認めた上で「事件化を望まないとの被害者の意向を尊重し刑事事件としては立件せずに捜査を終結したが、当該職員を本部長訓戒とした」などと説明した。

くすぶる火種

ただ、こうした顛末が一般の肌感覚で受け入れられるとは言いがたく、一度地に落ちた信頼を回復するのも容易ではない。

「また鹿児島か…」。警察庁の元幹部は、今回の問題を受けてこう漏らした。「また」という言葉が意味するのは、鹿児島県警では過去に、ぬぐいがたい不祥事が起きているからだ。

道警の裏金発覚から10年後の平成15年に行われた県議選を巡り起きた、通称「志布志(しぶし)事件」。ある県議や同県志布志町(現志布志市)の関係者が公選法違反容疑で逮捕されたが、後に全員の無罪が確定した。公判では、強引な見込み捜査が違法と判断された。

「鹿児島県警には、不祥事を誘発する素地があるのではないかと疑ってしまう」。元幹部は、こうも続けた。

本田被告には今後、自身が起訴された情報漏洩事件の公判が控えている。漏洩は県警の隠蔽を明るみに出すことが目的で「公益通報」に類するものだとして無罪を主張するとみられ、火種は今もくすぶり続ける。(大島真生)

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