自由化された電力小売り市場に新規参入し、「新電力の安売り王」として一時は売り上げトップに躍り出た男が、会社法違反(特別背任)などの罪で東京地検特捜部に起訴された。社内外で剛腕として知られていたが、高級クラブでの散財や利益相反取引の疑いなど、起訴内容以外にも会社を私物化していた疑惑が複数浮上。相次いで民事訴訟も起こされる事態となっている。
担当業界に新規参入
男はインフラ向け投資ファンド運営会社「IDIインフラストラクチャーズ」(IDII)の元代表取締役、埼玉浩史被告(61)。架空の業務委託費計約4260万円を支出させてIDIIなどに損害を与えたとして10~11月、特捜部に逮捕、起訴された。
電力の小売り自由化は規制緩和の流れを受けて平成12年からスタート。大規模工場やデパート、オフィスビルで新規参入の電力会社(新電力)からも電気を購入することが可能になると、対象は中小規模の工場・ビルへと拡大。28年からは家庭や商店でも始まり、完全自由化された。
日本興業銀行(現みずほ銀行)出身の埼玉被告は、銀行マン時代に担当していた電力業界に自ら進出。IDIIで電力関連の投資に携わるだけでなく、30年7月には新電力会社「F-Power」(FP)の代表取締役にも就任。電力販売量が新規参入組の中でトップになるまで成長させ、業界で「やり手」として知られるようになった。
高級クラブで官僚を接待
一方で、ワンマン的な経営手法は摩擦も絶えず、埼玉被告は現在、刑事事件とは別に、「古巣」との間に複数の民事訴訟を抱えている。
たとえば、IDIIが埼玉被告が不透明な支出を繰り返していたなどとして東京地裁に起こした訴訟。
現在も係争中のこの訴訟の裁判記録によると、埼玉被告は社長在任中の平成26年から令和2年にかけて、電力会社や関係省庁の幹部らと繰り返し会食。ときには高級クラブで一晩数十万円を使うこともあった。
IDII側は「私的な飲食代を接待交際費として計上していた」と指摘。業務と無関係の会食で計5千万円以上の経費を使っていたと主張した。これに対し被告側は「確度の高い情報をいち早く収集する目的だった」と反論。高級クラブを利用したことについても「相手側がそのような店を望む以上、付き合わざるを得なかった」と弁明している。
経営悪化でも買取りを…
訴訟は、代表取締役を務めていたFPの資金のやり取りを巡っても起こされている。
関係者などによると、埼玉被告はFPの経営が悪化していた平成31年3月、FPの電力を、自身が代表だった別のエネルギー関連会社に高額で買い取らせる契約を締結したという。
このエネルギー関連会社は、埼玉被告がFPの代表を外れた後の令和3年3月、契約の金額が相場よりも高額だったため約31億円の損害が出たとして埼玉被告を提訴した。「経営判断だった」と反論する埼玉被告側に対し、原告側は「一方に多額の損失が生じることが確実視されていた」などと主張している。
また、IDIIを巡って起きている別の民事訴訟の判決では、このFP絡みの契約を「実質的に利益相反」だったと認定。さらに、埼玉被告がこの契約を隠してFPへの増資を募っていたとして「投資家を欺くものだ」とも指摘した。
関係者によると、今回、特捜部が立件した特別背任事件では、IDIIから違法に支出したとされる資金が、最終的に埼玉被告が実質支配するシンガポールの企業に送金された疑いがあるという。
東京・銀座の高級クラブで散財を繰り返し、一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった被告は現在、東京拘置所で宴会とは無縁の暮らしを送っている。(桑波田仰太、久原昂也、星直人)