安定資産とされる金の価格高騰が続く中、取引を装った外国人グループから現金を盗み取られる被害が、昨年夏ごろから東京都内で相次いでいる。グループは偽物の「金の粒」を用意するなどし、購入希望者の注意をそらした隙に犯行に及んでいたという。事を済ますと、すぐに母国へ帰る手口で犯行を繰り返していた可能性もあり、警視庁が注意を呼びかけている。
メッキの粒と「百万円札」
昨年10月25日。東京都千代田区のビジネスホテル内のレストランで、2人組の外国人の男と60代の日本人男性が向かい合っていた。2人組は「金の売り込み業者」で、日本人男性は金の購入希望者。間には、両者を引き合わせた日本人ブローカーがいた。
2人組が見せたのは、インゴット(地金)や延べ棒ではなく、約1キロの「粒状の金」だった。金の購入を希望する日本人男性は、現金で1300万円を持参。鑑定で本物と判断されれば、その場で交換する手はずとなっていた。
男性から現金入りの紙袋を手渡された2人組は、札束を取り出すと交互に確認し合いながら、札の枚数を数え始めた。ゆっくり、念入りに、何度も数え続ける2人組。慎重を期す取引とはいえ、あまりにも長い。いらだった男性は、しばしば席を立った。
約1時間半後。ようやく満足した様子の2人組は、数え終わった札束を紙袋へ戻すと粘着テープを巻き、固く封をした。一瞬、いぶかしく思った男性だったが、こうした取引に不慣れだったこともあり「ネコババされると思っているのか…。こんなものなんだな」と、自らを納得させた。
男性はテープでぐるぐる巻きにした紙袋を返却されると、金の粒を鑑定するため貴金属買取店を訪れた。この間に2人組は、「所用」を理由に立ち去った。
金の粒も購入代金も男性の手元にあるのに、どうして。そんな思いもつかの間、「偽物です」。鑑定に当たった店員は、冷然と告げた。
金の粒は、銅をコーティングした偽物だった。慌てて紙袋の中をあらためると、札束の表紙に書かれていたのは「見本銀行券 百万円」の文字。紙幣を模したメモ用紙だった。
ヒットアンドアウェー
「『百万円札』は、彼らがよく使う道具だ」。捜査幹部は苦々しげに話す。犯人らは、外国人が机の下で紙幣を数えるふりをしてメモ帳とすり替えたとみられる。
この事件も含めて、都内では純金の取引に応じた人が現金を盗まれる被害が昨年8月ごろから6件発生。被害総額は計約1億5千万円にのぼる。
昨年11月に中央区で発生した事件では、同様に偽の金の粒が「小道具」に使われた。犯人側が突然、粒を床にばらまき、被害者がともに拾っている間に、用意していた現金3400万円が盗まれた。
警視庁捜査3課は9月、この中央区の事件に絡みリベリア国籍の男らを窃盗容疑で逮捕。そして今月、冒頭の千代田区の事件に関与したとして、2人組のうちの一人である英国籍の男を同容疑で逮捕した。いずれも事件直前に入国しており、犯行を終えてすぐ帰国する「ヒットアンドアウェー」の手口だったという。
逮捕された容疑者らはいずれも容疑を否認しており、背後関係は謎のままだ。捜査3課は金の粒を鑑定するなどして関連性を調べている。
「連中は取引相手が見つかれば、また日本に入ってくる」。捜査幹部はこう警告している。(内田優作)