日常生活で関わることは少なく、近寄りがたいといった印象を抱かれることも多い警察官だが、東京都中野区には目立つオレンジ色の服を着て町なかに立ち、「気軽に話せる」2人の警察官がいる。警視庁野方署のふれあいポリス、鈴木北九生(きくお)警部補(61)と前田孝文警部補(65)だ。性格は対照的ながら、10年以上、二人三脚で町の安全のために奔走してきた。
「昨年は20代から50代の方が特殊詐欺にだまされている。電話でお金とカードの話は詐欺です」。1月に区内の松が丘北野神社で行われた輪投げ大会にで、2人はマイクを手に詐欺への注意や交通ルールの徹底を呼びかけた。チラシを配布するなどした後は、集まった人たちと輪投げや餅つきをして交流を深めていた。
物腰も柔らかく
子供と来ていた幼稚園職員、井向宏子さん(36)は「フレンドリーに話しかけてくれて、質問もしやすい」と話す。他にも居合わせた人たちからは、「町中どこにでもいる」「物腰柔らかく寄り添ってくれる」と慕う声が飛び交った。評判はいいようだが、「体感治安が良くなったと思ってもらえないと意味がない」(前田さん)と2人は使命を忘れない。
2人とも平成24年4月、野方署の「ふれあいポリス」に任命され、警察と地元の住民を結ぶパイプ役として活動してきた。防犯パトロールや講話などを行い、住民とともに犯罪の起きにくい町づくりをすることが役割だ。ふれあいポリスは異動がないため、住民らと継続して深い関係を築けるという。
鈴木さんは警視庁第8機動隊に長く所属し、ウエートリフティングの選手やコーチをしてきた。平成22年に数署で試験的にふれあいポリスが始まったという新聞記事を目にしたとき、人との交流が好きなことから、「これは絶対俺がやる仕事だ」と思ったという。野方署に導入される際に声をかけられ、念願がかなった。一方、前田さんは平成18年から野方署の警務係で町の協力団体との連絡担当をしていた関係でふれあいポリスへの打診があり、「恩返しができれば」と引き受けたという。
活動当初は、「何をしに来たのか」「警察はいろいろ意見を言うが、何かやってほしい時には全然いない」などと風当たりが強かったが、地道に管内に40ほどある町会を回るなどして信頼関係を築き、今では交通安全や防災に関する活動での要望も増えた。
町会で寸劇披露
中でも、特殊詐欺の手口に関する寸劇が好評で、たくさんの町会のイベントに呼ばれるという。人前に立つのが好きで進んで寸劇に取り組む鈴木さんと対照的に、人前に立つのが苦手だった前田さん。「まさかこんなことをするとは思っていなかった」と話すと、鈴木さんが「(前田さんは)仕方なくやっていたらすごく好きになっていた」とツッコミを入れた。
新型コロナウイルス禍で地元の集まりが減ったときには、特殊詐欺被害防止の目的で、町中の銀行などにあるATMの警戒を始めた。だまされている高齢者や現金を下ろしに来る犯人がいないか一日中目を光らせる日もある。2人合わせてこれまで15件ほど未然防止に貢献してきた。
それでもいまだに被害は多く、昨年は警察官をかたった詐欺にだまされた20代が急増。管内の約10万世帯へのチラシの投函も開始した。
約13年間、ともに町中を駆け巡ってきたが、前田さんは今年の春に定年退職を迎える。「犯罪のない町づくりのために、皆さんが被害や事故に遭わないように、意識を上げていってもらえることが一番の願い」と地域の今後を気遣う前田さん。後任が見つかるまで1人で続けるという鈴木さんは、前田さんへの感謝も胸に、残りわずかとなった2人での活動に全力を注ぐ。(前島沙紀)