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税務調査にAI導入「強まる監視網」 効率的に追徴税増額も調査官のスキル影響懸念

産経ニュース 2025年2月12日 18時0分

国税当局による個人の所得税の税務調査で、調査数が減少しているにもかかわらず、追徴税額が増えている。背景にあるのが人工知能(AI)の本格活用だ。過去の申告内容の不自然な点などをAIが解析し、申告漏れの可能性が高い調査対象を選定することで「効率的な調査が実現できる」という。調査官の技量向上などに与える影響は懸念されるが、AIの導入で税の「監視網」は確実に強化されている。

国税庁のまとめでは、令和5年事務年度(5年7月~6年6月)の所得税の追徴税額は1398億円(前事務年度1368億円)、申告漏れ所得は9964億円(同9041億円)。いずれも現在の集計方法となった平成21事務年度以降で過去最多となった。

一方、調査件数は4事務年度の63万7823件から5事務年度は60万5077件と3万件以上も減少。内訳をみると、訪問調査件数は増加したが、電話や書面送付、呼び出して面談といった「簡易な接触」による調査は減少している。

調査件数が減りながら追徴税額が増えた要因の一つとして国税庁が挙げるのが、所得税の調査で5事務年度から本格的に導入したAIだ。納税者側から過去に提出された申告情報や調査事績などをAIに学習させて解析。申告漏れの可能性が高い事案を選定し、効率的な調査につなげているという。

国税庁によると、データ分析で用いているのが、統計分析など高度な手法によって大量のデータから法則性を発見し、将来を予測するツール。「業種ごとの傾向や申告された数字の不自然さ」などを割り出し、申告漏れリスクの高低をリスト化できるという。

ただ、調査対象の選定の多くが「調査官の目」からAIに代わることで、「調査官の技量が落ちてしまうのでは」といった懸念があるのも確かだ。これに対し、税務行政に詳しい関係者は「職員のスキルには個人差もある。AIの導入はむしろ全体の底上げにつながる」と言い切る。

中小企業に対する税務調査を巡る選定では、AIを一足早く4事務年度から本格的に導入している。AIが「申告漏れの可能性が高い」と判定した調査対象への追徴税額は5事務年度、法人税と消費税を合わせて1665億円と、前事務年度に比べると193億円も増えている。

ある国税OBは「(各税務署などの)管内には調査対象となる候補が無数にあり、これまでは対象を絞り込むだけで相当な時間を割いてきた。AIに任せて生まれた余裕を現場に振り向ければ、より深度のある調査につながるのではないか」と指摘している。

技量もAIも生かす「ハイブリッド」手法模索を

元大阪国税局幹部の丸之内陽一近畿大教授(租税法)

税務調査の対象選定にAIを導入したことで効率化が実現できているのかどうかは、明確な「費用対効果」の数字などが公表されておらず、まだ定かではない。それでも国税職員が減る中、選定にAIを使って調査に人的資源を投入することは、今の時代に一定程度は必要だといえる。

現場での経験を踏まえれば選定と調査は一体的なもので、いずれも職人的な感覚の部分がある。AIに全てを任せると、技量の低下を招いてしまう。一方で、主に過去の申告内容に基づくAIの選定からは、職員側も着眼点などを勉強できるはずだ。今後も職人的な技量を生かしつつ、AIも活用する「ハイブリッド」的な手法を模索していくべきだろう。

また、従来の調査では確実な成果を求めて「調査しやすい対象」を選びがちだったが、AIには公平に対象を選定するという側面もある。納税者側はAIの導入で監視力が高まるといった不安があるのかもしれないが、適正な申告を心掛けていれば恐れることはない。国税当局も税務教室などを通じ、地道に理解を求めることが必要だ。

デジタル化急進、確定申告も「書かない」時代に

税務手続きにデジタル技術を活用しようと、国税庁は将来構想「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション(DX)」に基づき、人工知能(AI)の活用などを進めている。全国各地で17日から確定申告が始まるが、構想では柱の一つとして「納税者の利便性向上」も据えており、税務署に行かずとも全ての手続きが可能な社会の実現を目指している。

平成29年に公表し、改訂を重ねてきた構想では、16年導入のe-Tax(国税電子申告・納税システム)を使った施策として「書かない確定申告」の実現を標榜(ひょうぼう)。マイナンバーの個人向けサイト「マイナポータル」との連携を強化し、スマートフォンを操作するだけで、各機関が保有する給与の源泉徴収票や保険料、医療費といったデータを自動で取り込めるようになっている。

利便性の向上に伴い、e-Taxを利用した所得税申告は年々増え、令和5年度には利用率が69・3%まで上昇。また、キャッシュレス納付も、インターネットバンキングに加え、クレジットカードやQRコード決済が可能となっており、納付率は5年度で39・0%まで伸びている。

また、構想では「課税・徴収の効率化・高度化」を目指すとして、税務調査とともに滞納者への納付催告にもAIの導入を掲げる。滞納者の過去の申告内容や接触した経験などに基づき、電話や文書、現場臨場といった選択肢の中から、滞納者に接触できる可能性の高い手法を予測し、滞納業務の「効率化」も図る。(宮本尚明)

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