東京・五反田のビルが林立する一角に、かつて高い塀と樹木に囲まれた旅館があった。この土地の売買を巡り大手ハウスメーカーが巨額の現金をだまし取られ、ドラマの題材にもなった「地面師」事件の舞台だ。
地面師とは、土地の所有者になりすまして売買契約を結び、代金をだまし取る詐欺師。なりすまし役は本人の周辺情報を記憶し、偽造した印鑑や証明書類も用意される。東京五輪前の不動産価格高騰に合わせて活動を活発化させ、警視庁には多くの相談が寄せられた。
平成29年4月、旅館敷地に関する売買契約が結ばれた。現場には所有者を名乗る女に加え、内縁の夫を名乗る男、財務担当など女のサポート役も同席。取引は女から東京都港区の不動産会社が買い取り、即座にハウスメーカーに転売する流れだった。だが、同年6月、メーカー側が購入代金約70億円のうち63億円ほどを支払い、法務局に登記を申請すると、書類が偽造されているとして却下される。代金のうち、約55億円が闇に消えた。
警視庁捜査2課が捜査を始めたが、偽の所有者からメーカー内部の意思決定まで含めると多数の人物が絡み「誰が詐欺師で、誰が被害者なのか」の判別は困難だった。地面師事件では発覚後、なりすまし役が行方をくらまし、残った関係者全員が「だまされた」と主張するのが定番だからだ。
捜査2課は1年以上をかけ、関係者の「犯人性」を精査。取引の場に現れた男女や手配役など裏方を次々に逮捕。この事件以外の捜査も進み、大物地面師らは摘発されて収監された。
現在は、証明書発行や登記手続きなどのデジタル化が進み、地面師による被害申告は大きく減少しているという。(橋本昌宗)