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「触らない痴漢」急増 陰湿行為重ねられパニック障害発症も…高い犯罪可能性、難しい立証

産経ニュース 2024年10月16日 11時55分

「痴漢」といえば、電車内などで女性の身体に触る犯罪行為だが、最近は新たな手口が増えている。女性の首筋に息を吹きかけたり、髪の毛のにおいをかいだりー。身体に触らない、いわば「触らない痴漢」だ。SNSで被害を訴えるケースが目立っているが、立証が難しく、被害女性は泣き寝入りしているのが実情だ。

毎朝同じ男が至近距離に

関東地方に住む20代の女性会社員は毎朝、同じ時間、同じ車両に乗車する電車内で触らない痴漢の被害に遭った。至近距離から首筋に吹きかけてくる生温かい吐息。相手はいつも同じ男で、必要以上に背後に接近してきた。

「直接、身体を触れられていないが、すごく気持ち悪い」

女性会社員は数日続いた身の毛もよだつような不快な思いに耐え切れず、最寄り駅の鉄道警察隊に被害を訴えた。だが、返ってきたのは同情の言葉ではなく、「勘違いじゃないか」の一言だった。触られていないことを理由に詳細な取り調べもなかった。

両親の反応も同じだった。「あなたに隙があるからじゃないのか」「気にしすぎ」。誰も理解してくれないことに女性会社員は混乱しつつも、普段通り電車通勤を続けたが、痴漢行為はエスカレートするばかりだった。

「ものすごく不快だけど、誰も私の言うことを理解してくれない。男は悪いことをしていないということなのか。逃げることは正しいことなのか。我慢しなければならないのか」

数カ月間、毎日のように「触らない痴漢」被害に遭い、悩み続けた女性は過呼吸とパニック障害を発症した。もう電車に乗れなくなった。会社は休職し、入院する事態となった。

大学生の35%が被害

「Z世代」に特化したクイックリサーチサービス「サークルアップ」が2月、大学生の男女約200人を対象に実施した調査によると、女性の3人に1人に相当する35%が「触らない痴漢」被害に遭ったと回答した。

具体的な非接触被害はさまざまだ。「(電車内などで)真横に来てにおいを嗅がれた」のほか、空いている席があるのにわざわざ隣に座ってくる「トナラー」、米アップル社の通信機能「AirDrop(エアドロップ)」を悪用し、わいせつ画像や動画を送りつける「エアドロップ(エアドロ)痴漢」といった具合だ。

防犯アドバイザー・犯罪予知アナリストの京師美佳氏は、エアドロップ痴漢を除く非接触型痴漢について「昔からあった」と指摘する。最近になって非接触型痴漢被害の訴えが目立つ背景には「インターネットの発達で今まで声を上げられなかった女性らが発信する機会が広がり、『触らない痴漢』という言葉の流行とともに、話題を集めるようになった」と分析する。

迷惑行為防止条例違反に該当

とはいえ、犯罪行為として立証できるのか。横浜合同法律事務所の清水俊弁護士によると、「首筋に息を吹きかける」「髪のにおいを嗅ぐ」「乗客が少ないのに隣の席に座る」といった行為は、「公共の場所または公共の乗物において、人を著しく羞恥させ、または人に不安を覚えさせるような方法で卑わいな言動をすること」と評価されれば、各都道府県の迷惑行為防止条例違反に該当するという。

個別でみれば、「首筋に息を吹きかける行為」は「有形力の行使」として暴行罪が成立する余地もある。わいせつ画像や動画を送りつける「エアドロ痴漢」は、わいせつ電磁的記録頒布罪が成立する可能性もあるという。

ただ、清水氏は「加害者の特定、犯罪行為を立証するための証拠を確保するのは難しく、実際には刑事・民事の責任追及までは難しいのではないか」と指摘する。

にらむ、せきばらい…重要な自己防衛

立証が困難ならば自己防衛しかない。京師氏のアドバイスはこうだ。まずは不快感を示すため、「振り返ってにらむ」「せきばらいをする」などの行為で男性側の反応をみる。それでも続くならば「周りの人に自身の発言や表情で助けを求める」「通常の痴漢同様、駅員や警察に訴える」といった行動が必要だという。

同時に、「自意識過剰とかいろいろと批判されようが、不愉快なものは不愉快だと発信する強さを日本の女性は持たないといけない。早期に対応しないと精神的ショックはジャブを受けたように積み重なり、トラウマで苦しむことになりかねない」と警鐘を鳴らす。

触らない痴漢に限らず、「痴漢」の常習犯を減らす方法はないのか。厳罰化に加えた対処法として、加害者を「治療」する試みの重要性を訴えるのは著書『痴漢外来』で知られる、筑波大の原田隆之教授(犯罪心理学)。痴漢などの性犯罪を依存症ととらえ、認知行動療法を活用した再犯防止プログラムを実施している。原田氏によると、これまで約1千人がこのプログラムに参加。再犯率は約4%に抑制されるなど一定の効果が出ている。

一方で、同プログラムを含めた治療を実施する医療機関は東京や大阪など大都市圏に数施設しかない。現状を踏まえ、原田氏は痴漢行為の解決について「司法の問題であって医療の問題ではないと思っている人も多く、専門家の中にもアレルギーがある。『うちの病院に痴漢の方が何十人も来られたら困る』という人も。医療側の意識改革が必要だ」と訴える。(植木裕香子)

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