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面接場所や対象者への対応、リスク判断…保護司の安全と制度意義のジレンマ

産経ニュース 2024年7月21日 7時0分

大津市で保護観察中の男に保護司が殺害された事件は、担い手不足が深刻化する保護司制度に深い影を落とした。法務省が昨年立ち上げた有識者検討会は持続可能性を軸に見直し議論を進めてきたが、今回の事件で保護司の安全対策も課題として急浮上した。ただリスクを考慮しすぎると制度本来の強みが損なわれる恐れもあり、一筋縄にはいかない。

リスク要因の一つが面会場所だ。総務省が平成31年に全国の保護司4700人を対象に行ったアンケートによると、面接に最も多く利用する場所として7割以上が「自宅」を挙げた。大津の事件で保護司が倒れていたのも自宅だった。

一方、地区保護司会ごとに1カ所ずつ整備されている更生保護サポートセンターは、「家から遠い」といった理由で敬遠され、7割が利用していなかった。

元法務省保護局長の今福章二中央大客員教授は「保護司の自宅という温かみのある環境で膝を突き合わせるうち、対象者も心を許し、本心を話すようになる」となお自宅のメリットを強調しつつも、他の選択肢について「保護司の生活圏にある面会場所が必要だ。公民館など身近な施設を使えるようにするべきだ」と話した。

大津の事件以降、2人以上の保護司で同一の対象者を受け持つ「複数制」の導入も進む。そもそも保護観察の対象人数は年々減少しており、平成20年に保護司の人数と逆転した。令和4年時点では対象者約2万3千人に対し、保護司は約4万7千人だ。

もっとも保護司の年齢は60歳以上が8割近くを占め、高齢化が顕著。この点が制度の持続可能性を考える上で最大の壁となっている。

元保護観察官の中村秀郷西南学院大准教授は、保護司と協働で対象者の指導監督・支援にあたる保護観察官の増員が必要とみる。更生保護の専門知識を持つ保護観察官は全国に千人程度しかいない。「保護観察官が現場に積極的に関わるのが理想だが、膨大な事務作業を担っており、限界がある」という。

中村さんによると、1人の保護観察官が受け持つ対象者は平均して50人ほど。主に処遇方針の決定などを行うが、デスクワークに追われ、保護司とのコミュニケーションが不足してしまうこともある。

総務省の調査では、保護観察官への相談について「あまりしていない」「まったくしていない」と答えた保護司の割合が約2割に上った。理由は「ささいな悩みだと思い、相談することをためらってしまう」という回答が最も多かった。

関西で保護司を務める70代男性は「保護観察官としての熱意が人によって異なる。夜間は電話が通じない人もいるし、逆に熱心に現場に来てくれる人もいる。人数を増やせばいいというものではない」と語り、保護観察官によっては保護司との「協働態勢」が名ばかりになっていると明かす。

法務省は令和3年1月、保護観察対象者の再犯リスクを評価する新たなシステム「CFP」を導入。保護司からの報告などをもとに、家庭▽対人関係▽就労・就学▽経済状態▽飲酒の状況―など8つのポイントに着目して対象者の状況を分析。CFPにより、これまで保護観察官の経験に左右されてきたリスク評価を、より客観的に導き出すことが可能になった。

大津の事件でCFPが適用されていたかは明らかになっていないが、今福さんは「CFPは定着しつつあるが、予測は100%ではない。書類上の評価だけでなく、現場での丹念なコミュニケーションが求められる」と指摘した。(鈴木文也)

地域に居場所作る重要な役割

龍谷大法学部の浜井浩一教授(犯罪学)の話

保護司は地域の中で罪を犯した人に寄り添い、応援し、ときには犯罪の抑止力にもなる存在。対象者が社会から孤立して再び犯罪に走ることがないよう、地域に居場所をつくる重要な役割を担っている。今回の事件により、こうした保護司の役割が崩れ、寄り添いではなく「監視」の要素が強まると、制度の意義が失われてしまう。

一方で、保護司の不安解消や負担軽減は欠かせない。働き方改革で保護観察官の業務効率化が図られる一方、保護司に対象者への対応のしわ寄せがいっている部分もある。

保護観察官は保護司と事務的なやり取りに終始するのではなく、生活や心理状況など、対象者を取り巻くささいな変化も含め、きめ細かい情報を共有して密に連携すべきだ。これを可能とするためにも、保護観察官の増員が不可欠だ。また自治体とも連携を強め、施設の有効活用など更生保護を地域全体で考える視点が大切になる。

今後は保護観察官の増員などに伴う予算拡充も議題になるだろう。再犯防止の取り組みは、結果的には次の被害者を出さず、社会の安全や刑務所など刑事司法全体のコストを削減することにもつながる。

誰しもが同じ状況になるかもしれない。市民一人一人に更生保護の意義を丁寧に伝えていき、理解を得てもらう。できる範囲で、みんなが手を差し伸べていくことが求められる。(聞き手 鈴木源也)

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