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輪島市「近未来的」デザインホテル、解体視野に売却へ 老朽化と被災で改修難しく

産経ニュース 2024年6月29日 17時45分

半年前に激震に見舞われた能登半島で、近未来的デザインの建築物が失われようとしている。建築家の毛綱毅曠(もづな・きこう)氏(1941~2001年)が設計した石川県輪島市の公営ホテル「能登・門前ファミリーイン ビュー・サンセット」。地震後は避難所として一時活用されたが、老朽化が激しい上に被災による傷痕も深く、建物を維持するには莫大(ばくだい)な改修費が見込まれる。管理する市は「解体も視野に売却する可能性が高い」としている。

「景色が変わってしまった」

海岸近くにあるホテル周辺は、元日の地震による地割れが点在している。建物の一部は歩きにくいほど大きく傾いている。「正面(入り口のドア)は鍵が開かないんですよ」。元支配人の野中淳也さん(49)は、ドアのゆがみで鍵が回らず、今は裏口から出入りせざるを得ないと説明する。

地震前、夕日が海面に落ちていく絶景が評判で、野中さん自身も「レストランからの眺めがお気に入りだった」と振り返る。だが、今は海岸が隆起して陸地が数十メートルほど広がり、「景色が変わってしまった」と嘆く。

ホテルは平成3年に旧門前町が整備。合併した18年からは輪島市が管理し、市出資の日本海むら開発公社が運営を担ってきた。日本海や奥能登の山々を見渡せる高台にあり、夫婦や家族連れを中心に人気だった。

ところが、潮風で鉄骨が激しく腐食するなど建物の維持管理が難しくなり、今年3月での閉業が決まっていた。市が民間への売却を模索する中、元日に最大震度7を観測した地震が起きたのだ。

床は傾き柱腐食、改修には莫大な費用

毛綱氏が手掛けた館内のデザインは幾何学模様が特徴で、どの客室からもこだわりが伝わってくる。ただ、誰が見ても分かるほど窓側に向かって床が傾いている部屋や、ゆがみで出入りさえできない部屋もある。屋外の渡り廊下は緩やかな曲線を描き、近未来的な「宇宙船」をほうふつさせるが、むき出しの鉄柱は腐食し、底が抜けそうな場所もある。

市観光課の担当者は「もともとエレベーターがないなど、ユニバーサルデザインの観点から見ても優しくない」と指摘。改修するにしても費用は少なくとも13億円超と見積もられ、「建物を残すのは難しいだろう」と明かす。

地震後に被災者の命つなぐ

ホテルは地震後、周辺住民らの避難所としても機能し、元日から約5日間は40~50人ほどが身を寄せた。幸いガスが使えたため在庫の食材でカレーや豚汁などを提供できたという。野中さんは「停電だったので冷蔵庫にある物から使った。ほかの避難所よりは食べ物はあったので、そこはよかった」と振り返る。

現在、市は民間への売却に向け公募準備を進めているが、「更地でほしい」との声が多く寄せられているという。奇抜な設計で30年以上も愛され続けたビュー・サンセット。被災者の命をつなぎとめたのを最後に、その役目を終えそうだ。(山本玲)

毛綱毅曠

もづな・きこう 北海道釧路市出身の建築家。神戸大工学部建築学科を卒業後、「毛綱モン太」名で設計を始める。宇宙や自然と共生する風水思想を取り入れた独創的なデザインは、建築界や美術界に大きな影響を与えた。多摩美術大教授だった平成13年、肝硬変のため59歳で死去した。

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