「アマノフーズ」ブランドでフリーズドライみそ汁市場1位を誇るアサヒグループ食品の岡山工場(岡山県里庄町)に、産経新聞が全国紙として初めて単独取材に入った。災害備蓄食として近年、注目を集めるフリーズドライ食品。開発部門を訪ねると、チキンカツカレー、肉吸いなど多様なメニューが次々と登場し、果ては果物やスイーツまで。そのまま乾燥させる技術の「すごみ」を実感した。
「フリーズドライ御膳」
広大な工場敷地内の一隅に、キッチンを備えた研究室のような部屋がある。中心部には大きめのオーブントースターほどのフリーズドライ機(乾燥機)。新商品開発を担当する「アマノブランド企画室」だ。
工場内を取材した記者に、自慢の品々を出してくれた。チキンカツカレー、五目とろろ、肉吸い、食後の柚子しょうが湯まである、題して「フリーズドライ御膳」。いずれも最初はブロック状だが、お湯を注いで少しなじませると10~30秒で乾燥前の料理に戻った。
食欲をそそるスパイスのにおいに誘われ、商品化もされているチキンカツカレーをいただいた。戻した湯で、ルーはスープカレーのようなサラサラに。肉はしっかり元に戻っているが、乾燥していた名残のサクサク感が、かえって「カツ」を感じさせる。
試作段階という肉吸いは、汁から牛脂の甘みがふわりと香る逸品だった。肉質は柔らかく、だしは懐石料理かと思うほど。汁にはとろみがあり、豆腐にもしっかりとだしが染み込んでいる。
一時商品化したという五目とろろは、お湯をかけて混ぜる度にどろっとしていく。ホウレンソウはシャキシャキの食感。これまただしが本格的で、ご飯にかけても楽しめそうだ。
「十中八九がおいしいと思える味に」
ラインナップにない試作品は、まだまだ出てきた。
「たこ飯」は、具材部分がフリーズドライで、ご飯と一緒に炊いて完成させる。たこのしっかりした食感が再現されていた。「麻婆豆腐」は汗が出るほど本格的な辛さだが、豆腐に味が染みてちょうどいい。
「肉そば」は、350ミリリットルのお湯でわずか10秒。カップ麺より早い。肉は噛むほど味が出て、麺もぐずぐずにならず、弾力があった。いずれも、お湯をかけただけとは思えない、というのが率直な感想だ。
「十中八九の人がおいしいと言ってくれるレベルを目指しています」。アマノブランド企画室課長補佐の三村真奈美さんは話す。
当然、商品化に至るまでには苦労も多い。たとえば、豆腐など調味液を吸う素材に対しては、味が濃くなり過ぎないようでんぷんで表面をコーティングする。ただ、味が薄ければ物足りなくなるため、でんぷんの量の調整が難しいという。
素材によってフリーズドライ加工しにくいものもある。豆類やかんきつ類など表皮があるものは水分が抜けにくく、練り物やもち、こんにゃくなど水分が少ないものは復元しにくい。
主力商品だったカップ麺の具材で使用していたかまぼこは、薄くスライスすることでクリアした。ほかにも、本来使う材料を似て非なるもので代用するなど「工夫が腕の見せ所」(三村さん)だ。
果物、野菜、お菓子も
「こんなものもありますよ」。三村さんが出してくれたフリーズドライ食品に、思わず目を見張った。
なすやかぼちゃ、玉ねぎ、りんご…。パイナップルやドラゴンフルーツまである。子供向け企画で作った素材だという。実際の果物や野菜より一回り小さく、手に持つと断然軽い。よく見ると、乾燥しやすくするため、切れ込みが入れられていた。
果てはショートケーキまで。お湯で戻さずにフォークを刺すと崩れたが、口に入れるとスポンジ部分はクッキーのような食感で、これはこれでおいしい。生クリームは、「そのもの」の味がした。
最後に、ホタテとエビの串カツが出てきた。お湯に30秒ほど付けると、カツのサクサク感はなかったものの、少し固めの身に、味が凝縮されていた。
目標は「炊きたてのご飯」
多種多様な食品をフリーズドライにするのは、画期的な新商品を開発するためだ。工場では昭和58年に発売したみそ汁だけでなく、おかゆ、にゅうめんなどを生産。平成26年以降は「一人鍋」、チキンカツ卵とじ、えび天入り鍋焼きうどん、煮込み風ハンバーグと、驚きの新商品を次々と世に送り出してきた。
揚げ物への挑戦は、当時の社長の「トンカツが食いたい」との一言から始まった。
最初は戻しやすい鳥ササミ肉のチキンカツを使い、卵とじにして商品化した。ただ、社長は「トンカツじゃないのか」と残念がったといい、挑戦を継続。精肉業者と部位や加工方法で試行錯誤を重ね、社長の一言から3年以上かけてようやく、豚肉でゴーサインが出たという。
「チームとしては『できません』とは言いたくない」と三村さん。実現したいのは、炊き立てご飯だという。ご飯の粘りが乾燥の邪魔をするが、粘りを取り除けばご飯らしくなくなる。まさしく難題だ。
南海トラフ巨大地震や首都直下地震などが想定される中、災害備蓄食としてニーズが高まるフリーズドライ製品には、技術だけではなく開発者のこだわりも詰まっていた。
軽くて持ち運びやすく、お湯で作れるフリーズドライのご飯を避難所でも食べられる日が、いつか来るかもしれない。(市岡豊大)