阪神大震災で被災者の心のケアに当たった故・安克昌(あんかつまさ)医師の思いを受け継ぎ、弟の成洋(せいよう)さん(60)が神戸で立ち上げた映像制作会社による初の映画「港に灯がともる」が、震災から丸30年となる17日に全国公開される。震災直後に神戸で生まれた女性が、人生に光を見いだすまでの物語。安医師が夢見た「弱さや傷に寄り添う社会」への思いは、30年を経て受け継がれていく。
安医師は神戸大医学部精神神経科の助手だった平成7年1月、阪神大震災で被災した人たちに寄り添い、災害時の心のケアの先駆者として知られるようになった。産経新聞夕刊で震災発生の約2週間後から1年間執筆した「被災地のカルテ」を基に8年、著書「心の傷を癒すということ」を出版。だが39歳だった12年、がんで早世した。
震災後、勤めていた父の会社の債務整理を経験し、現在は大阪市内で行政書士として働く成洋さん。転機は令和2年、「心の傷を癒すということ」がNHKによってドラマ化されたことだ。
翌年、ドラマを再編集した映画も作られ、各地の学校やホールなどで自主上映。成洋さんが被災地での上映会に出向くと、多くの被災者らから共感の声が寄せられた。「30年近くたっても震災は過去のことになっていない」。まだつらい思いを抱え、苦しんでいる人がいると実感した。
「声にできない問いや苦しみに耳を傾け、寄り添う。兄が目指したことが映画でできるんじゃないか」。5年9月、映像制作会社「ミナトスタジオ」を立ち上げた。
再生の歩み描く
初作品の今回、監督は、ドラマ「心の傷-」の演出を手掛けた安達もじりさん(48)に依頼。安達さんらは「30年を経た今、震災と心のケアを描く」と決め、地震後に火災が発生し被害が拡大した神戸市長田区を中心に取材を重ねた。
映画の主人公「灯(あかり)」も、震災直後の長田に生まれた在日韓国人3世。在日の自覚は薄く、震災の記憶もない。両親の話す家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられ、孤独やいらだちが募り、ある日「全部しんどい」と吐き出す。心の不調と向き合い、少しずつ進んでいく灯を通し、震災から30年の街や人の再生の歩みを描く。
「兄も喜ぶかな」
「この映画は『時間の物語』。登場人物それぞれの30年と今の時間の流れを、映画の中で積み重ねていきたい」。安達さんはそう話す。
映画のポスターに書かれた言葉は「みんなもろい 街も、家族も、わたしの心も」。灯役の俳優、富田望生(みう)さんは、撮影開始10日ほど前から神戸で生活。灯の日常になじんでもらい、「アフター震災世代」をリアルに演じきった。
「実は兄は大の映画好き。高校生の頃に撮った自主映画は散々な出来で、学園祭で大失敗したらしい」としながらも、初作品の公開を控え「兄も喜ぶかな」と成洋さん。今後も震災の映画を作り、被災者との対話も続けていくつもりだ。(南雲都)