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なぜ逮捕に2年半 知床事故、「死人に口なし」運航会社社長の責任逃れとずさんな安全管理

産経ニュース 2024年10月2日 10時0分

「船のことは何も知らない」。北海道・知床半島沖の観光船沈没事故で、逮捕された運航会社社長(61)は第1管区海上保安本部の調べにこう供述したという。平成以降、最悪の旅客船事故は発生から2年半で刑事事件に発展した。船舶が絡む海難事故で船長ではなく、船長に指示する立場の運航管理者が逮捕されるのは異例だが、背景に何があったのか。

目撃者おらず

事故は令和4(2022)年4月23日、知床半島西側の観光名所「カシュニの滝」沖で発生。運航会社「知床遊覧船」が所有する観光船「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」が沈没し、乗客乗員20人が死亡、6人が行方不明となった。

1管は9月18日、業務上過失致死と業務上過失往来危険の疑いで、知床遊覧船社長の桂田精一容疑者を逮捕し、同26日には事故で死亡した豊田徳幸船長=当時(54)=を容疑者死亡のまま同容疑で書類送検した。

だが、捜査は難航を極めた。船が単独で航行中に沈没し、乗客乗員26人は全員が死亡・行方不明となり、当時の状況を知り得る「目撃者」がいなかったからだ。1管は沈没に至ったメカニズムを解明するため、事故当時の気象データの分析や、模型を使った再現実験などを繰り返し、客観的な状況証拠を積み重ねた。

逮捕した理由について、1管は「証拠隠滅の恐れを排除できない」としたが、詳細は明らかにしていない。一義的な安全管理責任を船長が負う海難事故で、安全を確保できない場合に出航中止を船長に指示する「運航管理者」の責任を身柄を拘束してまで追及するのは珍しい。

供述に変化

捜査関係者によると、桂田容疑者は逮捕後の取り調べで「事故当日の出航は船長が判断した」と容疑を否認し、「自分は船の素人」と供述。事故直後の任意聴取では「責任はすべて私にある」とも話していたが、その後は事件関係者と頻繁に接触するようになり、逮捕前の聴取には「自分は何も知らなかった」と供述に変化がみられるようになったという。

海保幹部は「誰かの入れ知恵があったのか、死亡した船長に責任を転嫁するような供述に変わったと聞く。任意段階とはいえ、供述の変遷も罪証隠滅と判断した材料になったのでは」と指摘した上で、「『死人に口なし』と高をくくり、自らの責任には目をつむる。容疑者の態度を被害者家族はどう受け止めるか。遺族感情への配慮も大きかったと思う」と話す。

「服役逃れ」対策も影響か

捜査の焦点は今後、勾留期限までに桂田容疑者を起訴、不起訴にするか、検察当局の判断に委ねられるが、元東京地検検事で釧路弁護士会所属の荒木樹弁護士は「立件までに2年半も時間をかけた経緯を考えれば、起訴される公算が大きい」と話す。

荒木氏によれば、今回の事故が仮に起訴され、有罪判決となった場合、死者多数という被害の重大性に照らして、実刑判決になる可能性が高い。荒木氏は「一般的に容疑者が服役を免れようと逃亡する動機に直結しやすく、これも逮捕に踏み切る判断に影響したと思われる」と話す。

運輸安全委員会が昨年9月に公表した調査報告書は、直接的な沈没原因を船体ハッチの不具合と認定。桂田容疑者は船に関する知識や経験がなく、会社には安全管理体制も存在しない状態だったと指摘した。

乗客家族の1人は取材に「桂田(容疑者)からはいまだ直接の謝罪すらない」と憤り、短い言葉の中に感情を込めた。「罪と向き合え。今はこの言葉しか出てこない」(白岩賢太)

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