取り調べの録音・録画(録・録)や再審法の課題を議論する法務省の有識者協議会の議論が平行線をたどっている。取り調べが違法だったとして当時の大阪地検特捜部検事が刑事裁判にかけられ、静岡県一家4人殺害事件で袴田巌さんの再審無罪が確定するなど、見直しに追い風が吹く。ただ、捜査現場の抵抗も根強く「議論は遅々として進んでいない」との批判も漏れる。
契機は裁判員
令和4年7月に始まった刑事手続きの「在り方協議会」は警察、検察、裁判所、弁護士、学者、マスコミからなる委員で構成。録・録の見直しの要否や、再審法改正の是非なども議題にしている。
録・録は徐々に拡大してきた。最初のきっかけは裁判員裁判制度だ。制度開始に先立つ平成18年5月、最高検は対象事件での試験的実施を発表。対象は検察の裁量に委ね、警察の取り調べは対象から外した。
だが、22年に郵便不正事件で大阪地検特捜部による強引な取り調べや証拠改竄(かいざん)が発覚し、最高検は23年、特捜事件などで録・録を試行する指針を公表。28年には裁判員裁判対象事件と検察官独自捜査事件で拘束されている容疑者の取り調べの全過程の録画を義務付ける改正刑事訴訟法が成立した。
この改正刑訴法の付則に埋め込まれたのが、施行から3年後に施行状況を検討し、必要に応じて「所要の措置を講ずる」ことを求める規定。これが協議会設置の根拠となっている。
義務化後も続々
協議会では、録・録が捜査の適正化につながったかが検証されてきたが、近年だけをみても、取り調べの問題は続々と発覚してきた。
令和元年参院選広島選挙区を巡る買収事件では、検事が買収された側に不起訴を示唆する不適切な取り調べがあったことが昨年になり判明。学校法人の土地取引を巡る横領事件では今年8月、取り調べた大阪地検特捜部検事が特別公務員暴行陵虐罪で刑事裁判にかけられることが決まった。
取り調べの問題が取り沙汰されているのは、検察だけではない。
外為法違反(無許可輸出)罪などに問われ、後に起訴が取り消された「大川原化工機」(横浜市)を巡って同社が国と都を訴えた裁判では、東京地裁が昨年12月、警察官が同社元取締役に対し、解釈をあえて誤解させ、認める趣旨の供述調書に署名指印するよう求めたとする判決を下した。
数多くの特捜事件の弁護に携わってきた弁護士は「録音・録画の義務化後も、検察官の見立てに沿った供述を強要する取り調べは繰り返されている」と訴える。
日本弁護士連合会(日弁連)は録・録対象の拡大を求めており、協議会では日弁連の刑事調査室長らが同様の主張をしてきた。
逆風に警戒感も
ただ、捜査当局はこうした逆風に警戒を隠さない。
警察幹部は大川原化工機を巡る捜査について、「確かに捜査に勇み足はあり、猛省が必要」とする一方、「自白は強要されるもの、と決めつける風潮ができ上がっているように思えてならない」と話す。
その上で「協議会では『決して自白ありきで取り調べは行っていない』という捜査現場の真摯(しんし)な声に耳を傾けてほしい」とし、大半の捜査は適正に行われてきたと訴える。
協議会では、証拠開示の規定がない再審法の問題点を指摘し、改正を迫る議論も出ている。
今年6月には超党派の国会議員連盟が再審法改正を求める要望書を法相に提出。9月には静岡県の一家4人殺害事件で死刑とされた袴田巌さんの再審無罪判決が下され、翌月、確定した。
法務省関係者は「再審法改正問題が協議の中で一気にウエートを占めてきた。袴田さんの再審のタイミングが協議の進捗(しんちょく)に影響していることは間違いない」と語る。
議論の着地点はどこか。いつまで続くのか。検察OBからも「司法は襟を正し、全事件、任意段階も含めて全過程の録音・録画実現を急ぐべきだ」との声が上がっているが、先行きは見通せない。(大島真生)