最高裁の裁判官がその役割を担うのにふさわしいかどうかを有権者が判断する「国民審査」の投票が、衆院選と同日の27日に行われる。最高裁には15人の裁判官（長官1人と判事14人）がいるが、今回は前回衆院選（令和3年10月）以降に任命された6人が対象となる。国民審査に合わせ、産経新聞など報道機関有志は対象となる6人の裁判官にアンケートを実施した。
平木正洋氏（第3小法廷、裁判官出身）の回答は以下の通り。
アンケートへの回答
（1）最高裁裁判官としての信条、大切にしていること、心構え
――最高裁は最終審ですので、その職責の重さを十分に自覚した上で、中立公正な立場から、一つ一つの事件に誠実に向き合っていきたいと考えています。そのためには、謙虚に両当事者の言うことに耳を傾け証拠を検討するという姿勢が重要であると思っています。
（2）国民が最高裁に期待している役割とは
――現代社会では価値観が多様化し、判断の難しい事件が増加しています。そのような事件については、様々な視点や考え方をもって取り組み、バランスのとれた判断をすることが求められていると思います。
（3）最高裁では、傍聴人に対して事案概要ペーパーを配布するなど、裁判を国民にわかりやすく伝えるために一定の措置がとられている。これ以外に、国民に身近な司法となるために取り組んでいること、心がけていることは
――最高裁判事就任後日が浅いので、まだ自分自身で取り組んでいることはありませんが、法廷で弁論の期日が開かれる事件では、当事者による活発な弁論がなされ、傍聴している方々にも分かりやすい審理となるよう心がけていきたいと思います。
（4）これまでの裁判で、自身の個性や信念が最も体現したと感じる裁判または就任前の仕事と、その理由
――最高裁判事就任後日が浅いので、お尋ねにあるような最高裁での裁判を挙げることはできませんが、以前地裁で裁判長として裁判員裁判を担当していた際には、評議で裁判員の方々が十分に自分自身の意見を述べることができるように工夫していました。どの裁判員の方も非常に熱心に取り組んでおられ、感激しました。
（5）最高裁裁判官15人のうち女性が3人という現状をどう考えるか。また多様な裁判を扱う上で、女性裁判官がいることの意味や審理に与える影響は
――どのような方を最高裁判事に任命するかは、任命権者である内閣の判断に委ねられている事項ですので、意見を述べることは差し控えさせていただきます。
（6）先般、全国の裁判所で重要な少年事件や民事事件の裁判記録が相次いで廃棄される問題が発覚した。今後の保存のあり方や、社会の裁判記録の活用方法についての考えは
――先般、新たに法曹関係者や法学者、報道関係者、アーキビストで構成される「記録の保存に関する委員会」が最高裁に設置されたので、委員会の意見を伺いながら新たな運用が確実に実施されるように努めていくことになります。そのほかにも、国立公文書館への移管拡大に向けた関係機関との調整等を進め、将来にわたって記録の保存の適切な運用が確保されるよう、引き続き取り組んでいくことになると考えています。
（7）司法分野における生成AIの活用のあり方
――当面は、裁判における判断作用は裁判官が行うことを大前提とした上で、裁判官の執務を効率化するための生成AIの利用を図るというのが現実的な検討課題であると考えています。
（8）最高裁判決の個別意見に関しての考え
――最高裁判事就任後日が浅いので、まだ個別意見を付したことはありませんが、今後は、他の最高裁判事と十分に意見交換をした上で、なお法廷意見と異なる意見を述べる必要があると判断したときなどには、個別意見を付すこととしたいと考えています。
（9）憲法改正議論について
――憲法改正は、国会の発議により国民投票を経て行われるものですから、憲法を解釈適用する立場にある最高裁判事が憲法改正の是非について意見を述べることは、差し控えさせていただきます。
（10）判事として、憲法を巡る裁判にどう向き合ってきたか、どう向き合っていきたいか
――最高裁判事就任後まだ日が浅いのですが、今後は、両当事者の意見を傾聴し、他の最高裁判事と十分に意見交換をした上で、具体的な事件の解決に真に必要であると判断したときには、毅然として合憲・違憲の判断を示していきたいと考えています。
（11）国会で議論がなかなか決着しないテーマについて、司法に積極的に関与してほしいとの意見について、どう考えるか
――我が国の最高裁判所は、これまでも、具体的な事件の解決に必要であると判断したときには、適切に合憲・違憲の判断を示すなどしてきたところであり、そのような形で事後審査を行うことが司法の役割であると考えています。
（12）国民審査のあり方について。実態としては、事実上審査を受ける機会は各判事一度だけで、就任間もない場合には国民は十分な材料のないまま信任するか否かの判断を求められることになる。国民審査が形骸化しているのではないかとの指摘もあるが、どう考えるか
――最高裁判所裁判官国民審査法の改正の是非について、最高裁判事が意見を述べることは差し控えさせていただきます。
（13）改正刑事訴訟法が令和元年6月に施行され、裁判員裁判の対象など一部事件で取り調べの録音・録画（可視化）が制度化された。一方で対象事件を全事件に広げることや、任意段階や参考人の聴取も対象に加えるべきだとの声、取り調べに弁護人を立ち会わせるべきだという意見もあるが、どう考えるか
――ご指摘のような意見があることは承知しておりますが、立法政策に関わる問題ですので、法を解釈適用する立場にある裁判官がその当否について意見を述べることは、差し控えさせていただきます。
（14）過去の再審無罪の事例から、裁判所はどのような教訓を得るべきだと考えるか。また再審法改正の声の高まりを、どう受け止めているか
――個々の裁判官が過去の再審無罪の事例を学んで、自分自身が担当する再審請求事件等の処理に活かすことが必要であると思います。立法に関する問題については、法を解釈適用する立場にある裁判官が意見を述べることは、差し控えさせていただきます。
（15）死刑制度の存廃について
――死刑は究極の刑罰ですから、その適用は極めて慎重に行わなければなりませんが、死刑制度の存廃は、立法政策に関わる問題ですから、法を解釈適用する立場にある裁判官が意見を述べることは、差し控えたいと思います。
（16）夫婦別姓や同性婚を認めるよう求める人たちが、全国で裁判を起こしている。社会の変化や価値観の多様化に伴うこうした国民の声の高まりに対し、裁判官はどのように向き合うべきか
――一般論として述べさせていただくと、ご指摘のような「社会の変化や国民の価値観の多様化に伴って生じる新たな問題」については、広い視野をもって対立する主張に耳を傾け、適切な判断を示すことが求められていますので、そのためには、各裁判官は、日々の仕事を通じて、あるいは、各種の研究会等を通じて、自律的に識見を高めていく必要があると考えています。
（17）国際間の商取引や家事分野などを中心に、法的紛争もグローバル化する中、日本の裁判所が果たすべき役割とは
――ご指摘のようなグローバル化した法的紛争に適切に対処するためには、そのような事件を担当する裁判官が、外国の法制度や国際的取引における商慣行等を正確に理解した上で、国際的に十分通用するような判断を示す必要があると思っています。
（18）「共同親権」の導入を盛り込んだ改正民法が令和8年度までに施行される。父母の意見が対立した場合、最終判断の多くが家裁に委ねられるほか、単独親権とすべきDV（家庭内暴力）や虐待の恐れがあるケースを適切に見極められるかどうかも課題となる。家裁が取り扱う案件のさらなる増加も見込まれるが、裁判所にはどのような判断姿勢や体制整備が求められると考えるか
――家庭裁判所では、裁判官、調停委員、家庭裁判所調査官、裁判所書記官といった様々な職種の職員が、ご指摘の事件を取り扱うことになります。現在、各職種毎に、ご指摘の事件にどのように対応していくかについて意見交換するとともに、各職種間で適切に連携していくことについても検討しているところであると認識しています。
（19）裁判手続きのIT化実現に対する期待や課題
――裁判手続のIT化については、裁判所を利用する国民の利便性を高めるとともに、より一層迅速で質の高い裁判の実現に寄与するものとなることを期待しています。また、IT化に伴って審理運営を改善することも重要であり、法曹三者でよく議論することが必要であると考えています。
（20）海外では審理がインターネットで中継されるケースもある。国民に開かれた司法を実現するために、日本の最高裁でも工夫できることはあるか
――法廷で行われる弁論等をインターネットで中継したり動画配信したりすることについては、裁判の公開の在り方をはじめ、様々な点を総合的に検討しなければならない大きな課題であると受け止めています。
（21）公私を問わず、インターネットとどのように接しているか
――職場では、様々な調べ物をするために、インターネットをよく利用しています。自宅では、インターネットで最新のニュースを把握したり、趣味（音楽・映画鑑賞、スポーツ観戦等）に関連する情報を入手するためによく検索をしたりしています。自ら発信したり閲覧したりしているSNSはありません。
（22）最近のできごとでうれしかったこと、腹立たしく思ったこと
――大谷翔平選手のファンですので、「54－59」に到達した偉業には感動しました。その一方で、相次ぐ自然災害により大きな被害が出ていることに心を痛めています。
（23）趣味や尊敬する人物、余暇の主な過ごし方
――仕事と余暇の切り替えが簡単にできるので、音楽・映画鑑賞やスポーツ観戦が好きです。前任の大阪高裁勤務時代には、文楽、上方落語、新喜劇を観に行くことができました。
（24）最近触れた本や映画などで、印象に残ったもの
――歴史関係の本が好きでよく読みます。「歴史の転換点において、国家や組織の指導者が、なぜそのような決断・選択をしたのか」ということに関心があります。比較的最近読んだ中では、塩野七生「十字軍物語」が興味深かったです。
（25）執務中や帰宅後の過ごし方。多くの事件に向き合う上で、どのように時間を確保しているか
――最高裁では非常に多くの事件を審理しますので、執務中はその処理に全力を挙げています。デスクワークが中心ですが、難しい判断が求められる事件については、他の裁判官と十分に議論をしています。帰宅後も、資料を読み込んだり、法律雑誌に目を通したりすることが多いですが、気分転換に趣味である音楽鑑賞やスポーツ観戦もしています。オン・オフの切り替えが重要であると思っています。
平木正洋氏
ひらき・まさひろ 東大卒。昭和62年判事補。東京地裁所長、大阪高裁長官を経て令和6年8月に就任。63歳。兵庫県出身。