犯行の理由は「原発処理水の海洋放出」を止めるためだった-。靖国神社(東京都千代田区)の石柱に落書きしたとして逮捕・起訴された中国籍の男は、11月に東京地裁で開かれた初公判で、動機をこう述べた。元々日本のアニメが好きで来日し、いわゆる日中の歴史問題には興味がなかったという被告。一線を越える行動に走ったきっかけは、交流サイト(SNS)を通じて知り合った、ある「インフルエンサー」の影響だった。
「主犯」を案内、道具も調達
礼拝所不敬罪と器物損壊罪に問われたのは、姜卓君被告(29)。
起訴状などによると、董光明容疑者=礼拝所不敬と器物損壊の疑いで逮捕状=ら2人の中国人の男と共謀し5月31日午後10時ごろ、靖国神社の神社名が刻まれた「社号標」に赤いスプレーで「Toilet(トイレ)」と落書きし、礼拝所に不敬な行為をしたとしている。
SNSには、容疑者らがスプレーで落書きするだけにとどまらず、放尿するような様子が映った動画が投稿された。
検察側の冒頭陳述によると、事件を主導したのは董容疑者。中国のSNSで、過激な暴露動画などを投稿するインフルエンサーとして知られる男だ。
被告は、董容疑者に強い憧れを抱くファンだった。董容疑者が来日を宣言した動画を見て1月以降、直接連絡を取り合うようになり、董容疑者らを靖国神社まで案内したり、落書きに使うスプレーを準備したりしたとされる。
日本語でやりとり
明治維新以降の殉国者や戦没者がまつられる神社の「顔」に泥を塗る行為だっただけに、11月29日に行われた初公判の法廷は、傍聴席との間に透明の防弾パネルが設置されるなど、「厳戒態勢」が敷かれた。
被告が意外な一面を明かしたのは、この日行われた被告人質問でのことだった。
「子供のころから(人気アニメの)ドラえもんが好きで、大人になったら日本に来たいと思っていました」
被告によると、子供のころの夢をかなえるため、18歳で来日。職場のパワーハラスメントが原因で退職するまでは、会社員として働いていたという。日本語にも堪能で、公判でもほとんど通訳を介さずにやり取りを続けた。
「海を守りたかった」
「歴史に興味がなく、靖国神社に恨みはない」とも語った被告。日本に違和感を持ったきっかけは令和5年8月、東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出だった。
処理水の安全性は国際原子力機関(IAEA)も認めているが、被告は海産物を買い控えていたといい「処理水で海が汚れるので、海を守りたかった」と、落書きは放出に抗議するためだったと説明した。
一方、検察側は、被告が董容疑者らを海鮮料理店に連れて行っていたと指摘。検察官から「(海産物を口にすることは)怖くなかったのか」と問われると、被告は「一生、海鮮を食べられないのかと考えると、仕方がなかった」などと述べる場面もあり、語った動機には不透明さも残った。
公判は12月19日、検察側の論告と弁護側の最終弁論が行われ、結審する見通し。(橘川玲奈)