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ルールなき冤罪救済の法手続き 「再審格差」是正の訴え国会でも

産経ニュース 2024年9月23日 18時28分

確定した有罪判決に誤りがあり、無罪を言い渡すべき証拠を新たに発見したときなどに裁判をやり直す「再審」。冤罪(えんざい)救済の〝最後のとりで〟だが、実は再審法と呼ばれる再審に関する規定は、500条を超える刑事訴訟法のうちわずか19カ条で、審理の進め方を定めたルールも存在しない。再審の可否を決める再審請求審で、中身ある審理が行われるか否かは担当裁判官のやる気次第という意味で、「再審格差」が生じているとの指摘も根強い。

静岡県で昭和41年、一家4人を殺害したとして死刑が確定した袴田巌さんを巡っては、再審判決が26日に予定され、無罪の公算が大きい。袴田さんのケースは再審法の見直し機運を一気に高める要因ともなった。

「袴田事件の再審請求において死刑確定から30年、一つの証拠の開示も許されなかったんです。私は法の不備、手続き保障がなされていないということだと思います」

今年3月の衆院法務委員会。質問に立った自民党の稲田朋美議員は、法務相にこう迫った。

刑事裁判で弁護側は、捜査機関が集めた証拠のうち、検察が開示したものしか見られない。裁判官が目にする証拠はより少なく、双方が立証のために法廷に提出するものだけだ。判決確定後は検察が証拠を開示する義務はなく、再審請求審で裁判所が開示を勧告しても検察が拒否することも珍しくない。

一方で冤罪を疑わせる「新証拠」は、捜査機関が保管する証拠の中にあることが多い。袴田さんの事件の再審請求審で、検察側が初めて証拠を任意開示したのは判決確定から30年後の平成22年。犯行着衣とされた衣類のカラー写真などが開示され、これが再審開始を導くカギとなった。開示証拠は最終的に約600点に上った。

法務委員会では野党議員からも再審法についての質問が相次いだ。いずれも今年3月発足の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」に所属。議連会員は当初の134人から347人に増え、衆参の議員定員計713人の半数にも迫る勢いだ。

議連は、再審請求審に審理の進め方や証拠開示のルールがなく、公平性が担保されていないことや、再審開始決定に検察側が不服を申し立てる制度があり、救済に数十年間を要したケースがあることなどを問題視。6月に法相に再審法改正を要望したが、議論が進まない場合、議員立法によって再審制度を整備することも視野に入れる。

連携する日弁連の鴨志田祐美弁護士は「袴田さんの事件が注目される今こそ、必ず制度改正まで持っていかなければならない」と力を込める。

もっとも国は、三審制で確定した判決を維持することによる「法的安定性」の重要性や、すぐに退けるべき再審請求も多いといった理由で、改正に慎重な姿勢を崩していない。検察側も、裁判所が再審請求を吟味する上で必要な証拠は、現行制度でも開示しているという立場だ。

工夫重ねる台湾、検察が死刑判決覆す例も

海外の再審制度はどうなっているのか。超党派の議連が特に注目するのが台湾。日本の再審規定は戦前の刑事訴訟法をほぼ引き継いでいるが、台湾の刑訴法もルーツが同じで再審制度も似ていることが理由。そんな台湾では近年、冤罪(えんざい)防止を目的に相次いで法改正が行われている。

議員立法による2015年の刑訴法改正では再審開始の要件が明確化され、ハードルも下げられた。蔡英文総統のもとで行われた19年改正では、再審請求審を公開の法廷で審理し、証拠調べの請求を認めるなど手続きの進め方を定めた。

台湾では捜査機関が集めた証拠は全て裁判所に提出され、弁護側はいつでも全ての証拠を精査できる。それが公平な裁判を受けるための憲法上の権利と位置付けられ、証拠の扱いという点で日本と異なる。ただそれ以上に目立つ違いが冤罪に対する検察の向き合い方だという。

日台の刑訴法に詳しい台湾・東呉大の黄鼎軒(こうていけん)准教授によると、台湾刑訴法は捜査官に対し、被告に有利な点と不利な点の両方に、平等に注意を払うべきだとする義務を課しており、検察はこれを強く意識。検察が判決確定後も事件を見直す中で有罪を崩す証拠の存在に気づいたケースなど、自ら再審請求をして無罪となった死刑確定事件も近年2件ある。

検察が誤りを認めても、違法捜査がなければ責任を追及する世論は起こらない。「冤罪は検察だけでなく、弁護人や裁判所を合わせた司法制度全体の不具合によって生じる。それを市民も分かっている」という。(西山瑞穂)

(論点)「現行制度は司法の信頼損なう」元裁判官の村山浩昭弁護士

重大な再審請求事件となると資料が膨大だ。ルールがないと、どう審理を進め、判断すればいいかがよく分からない。その結果、時に年単位で放置され、書面上の検討だけで棄却されることもある。「雑事件」として形式上軽く扱われ、通常裁判で忙しい合間を縫って再審請求事件を担当することも、審理の充実を難しくする。

こうした現状は、司法への信頼を損ないかねない。信頼されるためには当事者の言い分が聴かれ、調べられ、判断されるというプロセスを踏むことが非常に重要だ。

再審請求があればスクリーニングを行い、形式要件を満たすものは期日を指定して審理を進める。検察官には裁判所が認めた証拠を開示する義務を負わせる一方、再審開始決定への不服申し立ては認めず、再審公判で争わせる-。こうした再審制度にすれば裁判所は十分に対応可能で、審理も迅速化するはずだ。

約40年前に4件の死刑事件が再審無罪となった以後も、再審請求の審理が空洞化し、長期化し、救済が遅れたという事実が厳然としてある。法務省や立法府は法改正の責任を果たすべきだ。

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