JR品川駅(東京都港区)のホームで今年1月、女性を線路に突き落としたとして殺人未遂などの罪に問われた男の裁判員裁判が、東京地裁(中尾佳久裁判長)で開かれている。男は過去にもホームから人を突き落とす事件を起こして服役。出所後に再び、同じ犯罪に及んだ。「刑務所に入りたかった」。法廷で身勝手な動機を語った被告を凶行に駆り立てた原因は、再出発先の福祉事業所で起きた「問題」だった。
奇跡的に衝突せず
男は太田周作被告(40)。検察側の冒頭陳述などによると、1月6日午後1時半ごろ、JR品川駅の6番線ホームで、電車を待っていた60代女性を突き落とした。女性は頭から線路に転落。直後に電車が入ってきたが、急ブレーキが間に合い奇跡的に衝突せず、命は助かった。
現場から走って逃げた被告は、駅構内でたまたま居合わせた元警察官に身柄を押さえられ、現行犯逮捕された。
「長い間、刑務所に入りたかったです」。被告は、12月13日の初公判で起訴内容を認めた上で、被告人質問で動機をこう述べた。
15年前にも
法廷では、被告が約15年前にも同様の事件を起こしていたことが明かされた。
冒頭陳述などによると、被告は平成21年3月、JR東京駅で面識のない女性を線路に突き落とし、停止間際の電車に接触し負傷させたとして逮捕された。調べに対し「死刑になりたかった」と供述。殺人未遂罪などに問われ、懲役9年の実刑判決を受けた。
刑期を終えて出所したのは30年11月。軽度の自閉症スペクトラム障害(ASD)と診断されていた被告は、実家のある大阪府内で、障害者用のグループホームで生活しながら、障害者を雇用する福祉事業所で働き始めた。
その後は約6年にわたり、犯罪とは無縁の安定した生活を送った。当初は簡単な作業が多く、給料が月3万円程度の「B型」事業所だったが、令和5年3月には仕事内容が高度で給料も月7~8万円の「A型」事業所に移った。
給料はグループホームの職員が管理し、週8千円ほどの小遣いを受け取る。日用品を購入したり、趣味の一人旅に出かけたりしていたという。
公判に出廷した被告の父親は、最初の突き落とし事件以前は家族以外とほとんど会話できなかった被告が、夜勤明けの職員に「ご苦労さまです」と気遣ったり、同僚のために旅行の土産を選んだりするようになっていたと証言。「成長していた」と振り返った。
説明聞きその日に…
そんな生活が急転したのは、A型事業所で勤務を始めて8カ月後。上司とのトラブルがきっかけで欠勤が続き、同年12月18日、退職した。
「悲観せず、次の仕事を探したらいい」。年末年始に帰省し、落ち込んでいた被告を、父親はこう励ましたというが、年が明けた6年1月5日、グループホームの職員から説明が、「引き金」となった。
職場がA型からB型に戻ると、小遣いは週6千円に減る。再びA型で働くには、B型で最低3年働く必要がある-。
心配した母親は、職員に電話。翌日から連休だったため、職員は連休明けの9日に「フォローする」と応じたが、すでに遅かった。小遣いを減らされ、生活を切り詰めることにストレスを感じた被告は、既に犯行を決意していた。
被告人質問によると「両親に迷惑をかけたくない」と実家から遠い仙台での犯行を計画。翌6日午前、新幹線に乗ったが「人を殺したい気持ちが抑えられず」品川駅で下車して在来線のホームに移動し、面識のない女性の背中を両手で押した。
事件はすぐに報じられた。ニュースを見た父親は、犯人の実名は出ていなかったものの、居住地と39歳という年齢で、息子の犯行だと確信したという。
12月17日の論告求刑公判で検察側は、前回の判決と同じ懲役9年では「更生するに不十分」として懲役15年を求刑。これに対し弁護側は、責任能力については争わないものの、犯行に自閉症の影響があるとして寛大な判決を求めた。
判決は24日に言い渡される。(橘川玲奈)