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「多角的・多面的な視点から考えて議論を心掛ける」 中村慎氏 国民審査対象 裁判官アンケート

産経ニュース 2024年10月16日 5時0分

最高裁の裁判官がその役割を担うのにふさわしいかどうかを有権者が判断する「国民審査」の投票が、衆院選と同日の27日に行われる。最高裁には15人の裁判官(長官1人と判事14人)がいるが、今回は前回衆院選(令和3年10月)以降に任命された6人が対象となる。国民審査に合わせ、産経新聞など報道機関有志は対象となる6人の裁判官にアンケートを実施した。

中村慎氏(第1小法廷、裁判官出身)の回答は以下の通り。

アンケートへの回答

(1)最高裁裁判官としての信条、大切にしていること、心構え

――最終審としての最高裁の判断の重みとその判断が国民生活や社会経済活動に与える影響の大きさに思いを致し、司法、裁判の果たすべき役割を意識して、一件一件の事件に誠実に向き合い、多角的・多面的な視点から考えて議論するよう心掛けていきたいと考えています。

(2)国民が最高裁に期待している役割とは

――最高裁は、憲法判断を含め最終審としての責任を負っており、その責任を果たすことへの国民の期待が大きいと思います。そのような期待に応えるため、一層の自己陶冶(とうや)に努め、誠実を旨として、課せられた責任を果たしていきたいと考えています。

(3)最高裁では、傍聴人に対して事案概要ペーパーを配布するなど、裁判を国民にわかりやすく伝えるために一定の措置がとられている。これ以外に、国民に身近な司法となるために取り組んでいること、心がけていることは

――国民に身近で利用しやすい司法の実現は大変重要なことと考えています。私自身、現時点では最高裁における弁論の経験はありませんが、これまでの仕事の中では、中学生や高校生等の若い世代の方々に、司法・裁判所の役割、裁判手続の仕組み等を伝えていく法教育の重要性を意識し、裁判官の講師派遣(出前講義)、模擬裁判・模擬調停等に積極的に取り組むよう心掛けてきました。

(4)これまでの裁判で、自身の個性や信念が最も体現したと感じる裁判または就任前の仕事と、その理由

――これまで地裁・高裁の裁判官として裁判に従事してきましたが、私としては、個々の事案において、謙虚に事実に向き合い、双方の当事者の主張に耳を傾けることを大切にしてきました。自身の個性や信念を意識したり考えたことはないというのが正直なところです。したがって、個別事件を挙げるのは困難です。

(5)最高裁裁判官15人のうち女性が3人という現状をどう考えるか。また多様な裁判を扱う上で、女性裁判官がいることの意味や審理に与える影響は

――最高裁判事の任命権は内閣にあり、任命権者が判断すべき事項ですので、回答を差し控えさせていただきます。様々なバックグラウンドを有する裁判官同士で自由闊達(かったつ)に議論することが、事案を複層的な視点から検討することに繋(つな)がるものと考えています。

(6)先般、全国の裁判所で重要な少年事件や民事事件の裁判記録が相次いで廃棄される問題が発覚した。今後の保存のあり方や、社会の裁判記録の活用方法についての考えは

――新たな特別保存規則に定められた「歴史的、社会的意義を有し、史料又は参考資料として価値を有する記録を適切かつ確実に選別し、国民共有の財産として保存していく」ことを、実際の運用として確実に実施し、定着させていくことが重要と考えています。裁判記録の活用に当たっては、記録中にはプライバシーにかかわる情報が極めて多く含まれていることから、それらの情報を適切に扱う工夫が必須と考えています。

(7)司法分野における生成AIの活用のあり方

――裁判における生成AIの利活用の範囲や手法は、大きな幅のあるものだと思いますが、裁判に対する国民の信頼確保という視点が極めて重要であることから、現在多方面で行われている議論を踏まえて、メリット、デメリットをよく分析して、国民の理解を得られるような利活用を検討をしていく必要があると考えています。

(8)最高裁判決の個別意見に関しての考え

――謙虚に事実に向き合い、双方の当事者の主張に耳を傾け、同僚裁判官と議論を尽くすこと、これが審理に臨むに当たっての姿勢であり、個別意見を書くか否かは、個々の事件において、その事案に即して考えていくべきことのように思います。

(9)憲法改正議論について

――憲法改正は、国会の発議により国民投票を経て行われるものと定められており、まさに国民的な議論に委ねられるべき問題です。司法府たる裁判所に身を置く者としては、意見を述べることは差し控えたいと思います。

(10)判事として、憲法を巡る裁判にどう向き合ってきたか、どう向き合っていきたいか

――裁判所に与えられた違憲立法審査権は、法令や行政処分等が憲法に適合するものであることを確保し、国民の権利を擁護するために裁判所に託された重要な権能であり、とりわけ最終審である最高裁の権限と責任は格別の重さがあると考えています。その運用は、具体的事件の解決に必要な限りにおいてこれを行使すべきか判断すべきものであり、個々の事件において、その事実関係の下に判断されるべきものと考えています。

(11)国会で議論がなかなか決着しないテーマについて、司法に積極的に関与してほしいとの意見について、どう考えるか

――司法府の使命は、公正・中立の立場から客観的に法を解釈し適用することであり、裁判所に与えられた違憲立法審査権は、国民の基本的人権を擁護し、侵害された権利・利益を回復することにより個別の救済を図るという司法府の本質的な機能として認められたものと理解しています。

(12)国民審査のあり方について。実態としては、事実上審査を受ける機会は各判事一度だけで、就任間もない場合には国民は十分な材料のないまま信任するか否かの判断を求められることになる。国民審査が形骸化しているのではないかとの指摘もあるが、どう考えるか

――国民審査を受ける立場にある者として、国民審査の制度についての意見を述べることは差し控えたいと思います。

(13)改正刑事訴訟法が令和元年6月に施行され、裁判員裁判の対象など一部事件で取り調べの録音・録画(可視化)が制度化された。一方で対象事件を全事件に広げることや、任意段階や参考人の聴取も対象に加えるべきだとの声、取り調べに弁護人を立ち会わせるべきだという意見もあるが、どう考えるか

――御指摘されているような意見があることは承知していますが、立法政策にかかわる事柄であり、意見を述べることは差し控えたいと思います。

(14)過去の再審無罪の事例から、裁判所はどのような教訓を得るべきだと考えるか。また再審法改正の声の高まりを、どう受け止めているか

――誤判を生じさせないためには、個々の事案において、当事者が適正な訴訟活動を行い、裁判所は「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則の下で、証拠評価に誤りがないかを様々(さまざま)な観点から慎重に検討することが必要だと考えます。再審制度に関する法改正については、立法政策にかかわる事柄であり、意見を述べることは差し控えたいと思います。

(15)死刑制度の存廃について

――死刑制度の存廃は、国民の意見によって決せられるべき立法上の大きな課題であり、意見を述べることは差し控えたいと思います。

(16)夫婦別姓や同性婚を認めるよう求める人たちが、全国で裁判を起こしている。社会の変化や価値観の多様化に伴うこうした国民の声の高まりに対し、裁判官はどのように向き合うべきか

――裁判官は、国民の価値観や意識の多様化に伴って生じる新たな社会的な問題についても、広い視野を持って、対立する主張に耳を傾けて判断し、説得的な理由を示すことが求められていると思います。判断が難しい事案にあっても、独善に陥ることなく、より良い判断をしていくため、自己研さんに努め、多角的・多面的な視点から議論していくことが重要と思います。

(17)国際間の商取引や家事分野などを中心に、法的紛争もグローバル化する中、日本の裁判所が果たすべき役割とは

――国際的な要素を有する法的紛争については、外国の法制度や国際的取引における慣行などの知見を適切に審理の中に取り入れ、国際的にも通用し得る紛争解決を目指していく必要があると考えています。

(18)「共同親権」の導入を盛り込んだ改正民法が令和8年度までに施行される。父母の意見が対立した場合、最終判断の多くが家裁に委ねられるほか、単独親権とすべきDV(家庭内暴力)や虐待の恐れがあるケースを適切に見極められるかどうかも課題となる。家裁が取り扱う案件のさらなる増加も見込まれるが、裁判所にはどのような判断姿勢や体制整備が求められると考えるか

――少子高齢化や家族の在り様の多様化等、社会状況の変化に伴い、国民生活において家庭裁判所の果たす役割が重みを増す中、家庭裁判所は、これまでも社会の期待に応えるべく力を注いできたところですが、今後も運用改善を不断に進めるとともに、「共同親権」の導入を含む改正民法の施行に備え、法の趣旨に沿った適切な運用がされるよう、必要な態勢整備を含め、しっかり準備していく必要があると思います。

(19)裁判手続きのIT化実現に対する期待や課題

――裁判手続のデジタル化は国民の裁判へのアクセスの利便性を向上させ、裁判所が国民によってより身近な存在になるという点で大きな意義があります。デジタル技術を生かして裁判手続全体を合理化・効率化して、今まで以上に審理を迅速化しつつ、裁判の質を高めていく努力が極めて重要だと考えています。

(20)海外では審理がインターネットで中継されるケースもある。国民に開かれた司法を実現するために、日本の最高裁でも工夫できることはあるか

――法律審たる最高裁では、法廷での弁論について、どのような議論がされているのかを傍聴人からも分かりやすい形とする取組が進められており、今後とも分かりやすい審理の実現に向けて検討を続ける必要があると思います。法廷における審理を動画配信や中継したりすることについては、外国の裁判所においても様々な議論があり、裁判の公開の在り方をはじめ、総合的な検討が必要な課題であると考えています。

(21)公私を問わず、インターネットとどのように接しているか

――インターネットは、主に検索ツールとして利用しています。インターネットを用いた情報検索は、検索が容易で、いつでも新しい情報を入手することが可能となるいう大きなメリットがありますが、誤った情報や根拠が薄弱な情報が多いというデメリットもあります。鵜呑(うの)みにするのではなく、新聞や書籍等の複数の情報源に当たるようにして、足元をすくわれることないよう注意するよう心掛けています。

(22)最近のできごとでうれしかったこと、腹立たしく思ったこと

――最近うれしかったことは、大谷翔平選手がメジャーリーグで前人未倒の50-50を達成したことです。劇的な達成に興奮しました。うれしかったというより、勇気づけられたのは、1月の地震の被害からの復旧途上で9月の豪雨の被害に遭われた能登の方々が、前を向いて歯を食いしばって苦難に立ち向かわれている姿の報道に接したことです。他方、大した努力もしていない自分に対して情けなく、腹立たしく感じました。

(23)趣味や尊敬する人物、余暇の主な過ごし方

――健康のためウオーキング、水泳をすることが好きです。時間があるときには、歴史、自然科学の本を読むこと、音楽を聴くことで気分転換をしています。

(24)最近触れた本や映画などで、印象に残ったもの

――ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」を時間があるときに読んでいます。この本は認知能力という軸で人類の歴史を通観した本ですが、歴史に関する名著を読むたびに、歴史を学ぶことは、現代を考えること、人間を考えること、そして、将来を考えることに繋(つな)がっていることを感じ、非常に興味深いです。

(25)執務中や帰宅後の過ごし方。多くの事件に向き合う上で、どのように時間を確保しているか

――就任後日が浅いため、上告審における仕事の手順や段取りについて自分なりの方法を模索している毎日であり、1日が過ぎるのがとても速く感じます。仕事にはメリハリが大事ですが、現時点でその余裕がありません。オンとオフとははっきりさせ、いかにメリハリをつけて仕事をしていくのかを早く確立したいと思います。

中村慎氏

なかむら・まこと 京大卒。昭和63年判事補。最高裁事務総長、東京高裁長官を経て令和6年9月に就任。63歳。大阪府出身。

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