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手術なし性別変更、外観要件に「正当性」 当事者の身体状況を考慮し判断

産経ニュース 2024年7月10日 21時39分

手術なしで戸籍上の性別を男性から女性に変更すると認めた10日の広島高裁決定。性同一性障害特例法の要件のうち「変更後の性器部分に似た外観を持つ」(外観要件)とする規定の目的は社会の混乱を避けるためだとして是認しつつ、当事者の身体状況を勘案して外観要件を満たすと判断した。ただ、高裁決定は確定するが対象は当事者に限られ、手術なしでの性別変更に不安を訴える声もあり、今後も制度を巡る曲折が予想される。

同法は性別変更について、2人以上の医師から性同一性障害の診断を受けた上で①18歳以上②婚姻していない③未成年の子がいない④生殖機能がない(生殖不能要件)⑤外観要件―の全てを満たす必要があるとする。

①~③の証明は容易だが、生殖不能要件と外観要件は手術が必要となるケースが多いとされ、合わせて「手術要件」と呼ばれる。生殖不能要件については「違憲で無効」とした昨年10月の最高裁決定により、残す争点は外観要件に絞られていた。

この日の広島高裁決定はまず、外観要件が設けられた目的を検討した。外観要件を満たさない人が性別変更すると、公衆浴場などで混乱が生じかねず、要件はそれを回避する目的があると指摘。「自己の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心、嫌悪感を抱かされることのない利益を保護しようとしたもの」として正当性を認めた。

ただ、同時に着目したのが性同一性障害を巡る医学の変化だ。決定によると、平成15年の同法制定当時は、外観要件を満たすには性別適合手術が必要とされていたが、現在では手術の必要性は「患者ごとに異なる」との見解が一般的という。

このため、要件に該当させるには常に手術が必要とする解釈は「手術を甘受するか性別変更を断念するかの二者択一を迫り、過剰な制約を課す」とし、「違憲の疑いがあると言わざるを得ない」と言及した。

一方で、手術の有無にとらわれず、他者から見て、実際の身体と変更後の性別に「特段の疑問を感じないような状態」であれば、外観要件に合致するとの見方も示した。

こうした判断を基に今回のケースを精査。当事者は手術こそしていないが、継続的にホルモン療法を受け、医師が身体の女性化を認めていた。このため、外観要件に反する状況はないとして、性別の変更が肯定されると結論付けた。(野々山暢)

司法判断の「独り歩き」懸念 武蔵大・千田有紀教授(家族社会学)

昨年10月の最高裁決定で、審理を高裁に差し戻しつつ裁判官3人が「違憲」との意見を付けた外観要件について、広島高裁決定は、社会生活上の混乱を避けるという要件の目的に「正当性がある」と指摘した。際限なく性別変更を認めるわけではなく、一定の歯止めがかけられた。

ただ、外観要件の解釈を拡大し、手術なしで性別変更を認めた判断は、大きな変化だ。これまでは男性から女性に変更した人には「手術を受けた」という暗黙の了解があったからこそ、浴場やトイレなどの「女性スペース」に受け入れられてきた面があった。その前提が揺らぐことで、性同一性障害の当事者が不利益を被る可能性がある。

性自認という個人の尊重と社会的な影響を踏まえたルール作りとは「両輪」で進めるべきなのに、個人救済に重きを置く今回のような司法判断だけが、独り歩きする懸念もある。「個人」と「社会」のすり合わせが必要な状況は現実化している。法律などによる制度的解決を図るための議論を、冷静に、穏便に積み重ねていく段階に来ている。(聞き手 西山瑞穂)

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