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ビブリオ月間賞 5・6月は『水族館の通になる-年間3千万人を魅了する楽園の謎』、奈良市の伊藤敏彦さん

産経ニュース 2024年7月25日 14時0分

本にまつわるエッセーを募集し、夕刊1面とWEBサイト「産経新聞」などで掲載している「ビブリオエッセー」。皆さんのとっておきの一冊について、思い出などとともにつづっていただき、本の魅力や読書の喜びをお伝えしています。5・6月の月間賞は奈良市の伊藤敏彦さん(83)の『水族館の通になる』に決まりました。丸善ジュンク堂書店のご協力で図書カード(1万円分)を進呈し、プロの書店員と書評家による選考会の様子をご紹介します。

「自由にのびのび表現」(福嶋さん)、「個人的な興味に傾く」(江南さん)

--5、6月分です。全体の印象はいかがでしたか

福嶋 皆さん、自由にのびのびと書かれているなと思いました。新聞書評が取り上げるような話題書でも、今の世相に合わせたような本でもなく、それぞれが読みたい本を読んで書いているという印象です。

江南 コロナ禍が落ち着き、戦争も長期化し、いま皆が共通して関心を持てるトピックがないのかもしれません。となると、再読など個人的な興味に思考が向きやすい。ビブリオエッセーも5年を超えましたが、社会状況の変化に応じて皆さんの読書傾向も変わるのがおもしろいですね。

福嶋 『終の棲家-ホームの日々』は濃い内容だなと思いました。僕の年齢も関係するのでしょうが、読むほどに胸に迫ってくるものがありました。

江南 シビアな現状にも触れて、考えさせてくれるエッセーです。筆者は63歳の方ですが、うまく生きていきたいという思いがにじみ出ています。

福嶋 『水族館の通になる』はよかったな。筆者は83歳ですが、「日本動物園水族館協会に登録していた水族館すべてを踏破することにした」という。全館踏破できればいいなと、素直に思えます。

江南 水族館がまるで巡礼における「札所」のように機能しているというこの書きぶりが、興味関心の強さを示していてよかったです。筆者の気持ちと本の内容とが混然一体となったエッセーで、それはそれでいい。今回の私の一押しです。

福嶋 『犬も食わない』はリアルな恋愛を描いた作品を読む若い読者が、「恋愛は面倒くさいと思いつつ誰かを愛したくなりました」という「リアル」に不思議な味わいがある。

江南 尾崎世界観と千早茜という芸達者な2人の視点が世界を作り出す小説を読み、19歳が恐る恐る恋愛について考察したのが、エッセーとしておもしろかったですね。

福嶋 『ぎょうざが いなくなり さがしています』は、読んでいて不思議と絵が浮かんでくるんです。絵本は絵の魅力を伝えるのが難しくて失敗しがちなんですが、これはよかったと思います。

江南 若々しくてリズムが良くて。エッセーとしてかわいらしいと思います。

福嶋 『キミは、「怒る」以外の方法を知らないだけなんだ』は、なんのためらいもなく「短気な自分にぴったり」だとエッセーが始まる。ただ、最後に「要は心の持ち方次第」という無難なところにまとまってしまったのがちょっと惜しかったかな。何か「指導」があったのでしょうか。

江南 いわゆる「アンガーマネジメント」(怒りのコントロール)に関する本です。確かに最初の方の文には勢いがあったんですが…。14歳なりに本から受け取ったことを、最後まで自分の思いと言葉で表現してもよかったかな。これから頑張ってまた書いていただきたいです。

--さて、どうでしょう

江南 『水族館-』がいいですね。「わが水族館巡りの、再開第一歩はここに決めた」という終わり方も。

福嶋 全人生を懸けて書いているのがいいなと思いました。

--では『水族館-』で

<作品再掲>

わが積年の思いを再開

本書の副題は「年間3千万人を魅了する楽園の謎」。今も水族館は人気らしい。私は子供のころから魚が好きだった。当然のように大学の水産学科へ進んだ。水族館に関わる仕事がしたいと思っていたからだ。しかしその方面の縁には恵まれず、別の仕事に就いた。

だから定年後、積年の恨み、いや宿願を果たすべく当時、日本動物園水族館協会に登録していた水族館すべてを踏破することにした。

〝一番札所〟を沖縄美(ちゅ)ら海(うみ)水族館に決めて順番に巡り始めたが、半分ほど終えたとき、新型コロナ騒動が勃発し、やむを得ず中断した。今年になって再開しようと考え、私が水族館巡りの教科書と考えている本書を読み直した。著者は有名な水族館プロデューサーだ。

刊行は20年近く前だが、おそらく今も初心者が抱くであろう疑問や謎にしっかり答えてくれている。たとえば「世界最大の水族館は?」とか「動物たちはどうやって水族館に来るの」「死んだ魚は食べちゃうの?」、あるいは「魚はいつ寝ているの?」「誰の食費が一番高い?」から「飼育係になるには?」まで表題を見れば気になるものばかり。

各地の水族館はそれぞれのこだわりを持っていることもわかる。世界的にペンギンの種類が多い長崎ペンギン水族館、フグの仲間の展示で知られる下関市の海響館、ウミガメだけに焦点をあてた日和佐うみがめ博物館カレッタなど、見逃せない展示が全国にあるのだ。

巻末の「水族館を上手に楽しむ方法」や「水族館用語辞典」も参考になる。そしてうれしいニュースがある。神戸須磨シーワールドがいよいよオープンという。わが水族館巡りの、再開第一歩はここに決めた。

<喜びの声>奈良市の伊藤敏彦さん(83)

■大好きな魚の本に感謝

これまで何度か候補のまな板に載せていただきましたがようやく月間賞をいただけると聞き、うれしいです。実は最近、足の不調で水族館巡りも休んでいました。この夏は治療に専念し、須磨は秋になったら必ず行こうと楽しみにしています。神戸でシャチを見られると知人の女性は大喜びでした。神秘的で清潔で全天候型で…と水族館の魅力は尽きませんが今はエンタメ性も向上してより魅力的に。大好きな魚の本で受賞できてただただ感謝です。

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