降り立ったのは小さな駅。快速電車の通過駅だったので気付かなかったが、駅を出ると田園風景が目の前に広がり、切迫した緊張感が幾分はほぐれる。
息子が入院したという病院は、意外に大きかった。
開口一番「なぜ知らさないの。電話に出ないので心配したよ」「90歳のばあさんがバスや電車を乗り継いで来てくれたらこっちが心配やもの。嫁に知らすなと言っといたのや」。
還暦を過ぎた息子でも私にとって子供は子供だ。入院と知ればじっとしてなどいられるものか。
「心配性やナ」と息子は言うが、「あんたも親、子供たちのこと考えるでしょうが」と応戦。
家族は同居するのが当たり前という昔の考えの中で育った私だが、時流に乗って息子の結婚を機に別世帯とし、介入は控えていたが、親子の絆はそうたやすく切れるものでもあるまい。
エレベーターの前で息子に「腎臓病は食事療法も大事。親より先に逝かんといてよ」。病院で口にすべき言葉ではないが、声を詰まらせながらつい本音を吐く。
「わかっている」。手をふった息子の目にも光るものがあった気がする。
山口絹代(90) 大阪府茨木市