ここ数年ピアノに触れたいと気にはなっていたが、小学生の頃は読めた音符が今は読めない。しかも全ての音が半音ずれて聞こえる。つまりドの音がドに聞こえないので気持ち悪くて仕方ないのだ。(年をとると同じような現象を経験する人もいるようだ)。比較的忙しくてピアノを習う暇もないのでそのままになっていた。
特別な理由もなく、ある日、衝動的にピアノを買った。
買って間もなく、全く予想していなかったことだが、父が簡単な童謡をおぼつかない手で何曲か弾いていたのだ。父に聞くと、ピアノは弾いたことがないし楽譜も読めないが旋律はわかるからと言う。
87歳の父は一日の大半を寝て過ごすことが多くなっているが、ピアノを1時間でも2時間でも弾いているときがある。母はそんな父の姿をそばで感心して見ている。私はいまだ楽譜を読むのに苦戦しているが、父はカナをふってある楽譜を少しずつ読めるようになり、いろんな曲にも挑戦している。懐かしい曲にふれ母も楽しんでいる。
皆が互いに年を取ってうまくいかず、ぶつかることも多くなっているわが家に、時折のどかな旋律を奏でる優しいピアノの音がはずみ、穏やかな時間が流れる。
遠藤由紀子(52) 大阪府吹田市