万国博覧会といえば、メッセージ性の強いアート作品が会場を彩る。1970年大阪万博はその格好の舞台となったが、現代美術家の横尾忠則さんは現代アートの課題について「見る人の魂に刺さるエネルギーがない」と指摘する。開幕(4月13日)が約2カ月後に迫った2025年大阪・関西万博はアートで感動を生む場になるか。
横尾さんは1970年万博で、繊維業界が出展した「せんい館」の建築デザインを手掛けた。完成間近でデザインを変え、赤いドームの周りに足場や作業員の人形を配して工事中のまま〝凍結〟した。その「未完成の美」は、国内外に大きな衝撃をもたらした。
70年万博は横尾さんをはじめとした前衛芸術家が活躍。せんい館をはじめ、大きなエネルギーを持つ作品が来場者に強い印象と感動を与えた。
横尾さんは当時のアートには「身体性」と「偶然性」があったと振り返る。「目の前に突然出現するものを直接取り入れ作品をつくった。知識でなく(体で)経験したことをぶつけていた」。瞬間瞬間で心を揺り動かされた事象を作品にぶつけることで、予定調和では生まれない爆発的なエネルギーを作り出したという。
横尾さんのせんい館はその代表だ。デザイン変更は、たまたま建設現場へ足を運び、工事中のせんい館を見て「なんてすばらしいのだろう」と思ったことがきっかけだった。
一方、現代のアートは「知性が優先している。観念や言葉で解明できるものを最初からつくってる」とする。
2025年万博にも、仮想現実(VR)といった最新デジタル技術を駆使するなどし、生命や地球環境の大切さを訴えた作品が登場する。「社会課題をどう解決するか」という現代の万博の理念を踏まえ、どうすれば人間社会のひずみをなくせるかを表現する。
だが、「現代のアートは知性に与える影響があるけれども、人間の心に与える影響はあまりない」と横尾さん。体験にもとづいた偶然性が入り込まないため、エネルギーがあふれた作品は生まれにくいとする。
さらに横尾さんは、鑑賞する人と作品の関係性も変わってきたとみる。
現代は、あらかじめ来場客が、みたいものをインターネットで探し、調べてくる。しかし、1970年当時は「情報化社会になっていなかった」。来場客は前もって十分に調べられず、会場に来てから予想もしない作品に出くわし衝撃を受けた。
「今は、作った人と見る人の思想や理念がどこかで一致していないと、見る人は納得しないのではないか」
横尾さんは今回の万博に参加しないが、もし参加していたら「再びせんい館をやっただろう。今なら、もっとうまい形でできたはずだ」と話す。
「人間は未完成で生まれ、完成を目指して生きるが、最後は『完成しなかったな』と思って未完成のまま死んでいく」。せんい館は、そんな人間のあり方を象徴したものだ。
横尾さんは、今の社会は「完成した完全なものを求めすぎている」ため、息苦しくなっているとも指摘する。せんい館が再登場すれば、そうした社会への警鐘になったとみられる。
社会環境が大きく変わり、人々のアートへの向き合い方も変容した現代。静かながらも心を打つ新時代のアートのあり方を2025年万博が提示できるのかが問われそうだ。(山口暢彦)
よこお・ただのり 1936年、兵庫県生まれ。20代のころからグラフィックデザイナーとして活躍し、72年にはニューヨーク近代美術館で個展。80年代から美術家として絵画を主軸に、国内外で展覧会を開催してきた。2015年に高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)、23年に文化功労者。