「靴、脱がんでええんか?」。苦笑いのCAさんを横目に、父の腕を思いっきり引っ張り機内に乗せる。父は今、30年ぶりに飛行機に乗り込んだ。
母の長年の夢、北海道・富良野のラベンダー畑を見に行く。私たち家族は1年前から旅行の計画を立て始めた。久しぶりの家族での長期旅行。ガイドブックを読み込み、お土産リストまで作り、準備は万端。ただ一点、不安なことがあった。父親が新婚旅行ぶりに飛行機に乗るということだ。
「お父さん、酔い止め飲んだ?」。私の心配をよそに、窓際に座った父はうれしそうに窓の外を眺めている。「昔より座席も座りやすなってるわ。昔、オーストラリア行ったときは大変やったんや」と、新婚旅行の思い出を話し出す。
「まもなく離陸いたします」のアナウンスがあり、機体が宙に浮く。「お父さん、大丈夫?」と父の横顔をのぞくと、父は子供のように窓の外の景色に夢中になっていた。私と母はそんな父を見てほほ笑み合う。
「それでな、コアラ抱っこしたときなんやけどな」と、父はまたしても新婚旅行トークに花を咲かせている。母が静かに相づちをうつ。
私は父と母の手を握りながら静かに眠りについた。
乾夏実(29) 堺市北区