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三島賞大田さん「信じる気持ちよみがえった」山本賞青崎さん「青春小説として評価うれしい」

産経ニュース 2024年7月3日 7時0分

第37回三島由紀夫賞と山本周五郎賞(新潮文芸振興会主催)の贈呈式が6月21日、東京都内で行われた。今年の受賞作となった2作は、くしくもともに高校生が主人公。かたや薬物がらみの闇バイト、かたやだまし合いの頭脳ゲームと、時代性を前面に押し出した青春小説という共通点がみられた。選考会では小説に漫画的・ゲーム的な手法を取り入れる是非の議論も起き、文学賞のあり方も問い直すきっかけとなりそうだ。

三島賞を受賞したのは、大田ステファニー歓人さん(28)の『みどりいせき』(集英社)。幼なじみを通じて大麻入り菓子の密売という闇バイトに巻き込まれていく不登校気味の高校生を主人公に据え、薬物を使用して社会から逸脱しながらも連帯する若者たちの姿を、擬音と隠語があふれる冗舌な口語体で描き出した青春小説だ。

5月の選考会では、選考委員の松家仁之氏が「闇バイトのような時代性が評価の対象になったのではなく、もっと普遍的なものとして受け取った。世の中からはみ出てしまった主人公を通じて、生きることのどうしようもないつらさと喜びを見事に書き上げた」と高く評価。

松家氏は「最先端の文学に見えるかもしれないが、20世紀にジョイスやフォークナーがやった『意識の流れ』の手法を大田さんなりに実現させてしまったんじゃないかと思う。勢いで書いたものではなく、文体の確かさがある」と述べた。

受賞決定後に息子が誕生したという大田さんは、贈呈式で「(出産で)妻がめっちゃ頑張って、そっちの感動で(受賞の喜びが)上塗りされちゃった。三島賞より自分と妻の絆の方が感動できます」とユーモアたっぷりにあいさつ。

パレスチナ自治区ガザ地区で起きた乳児殺害への怒りを口にしつつ、「育児は力を合わせないと全然進まない。新しい命と向き合うことで、家族だけじゃなくみんなを信じる気持ちがよみがえってきた。妻と協力し合っている毎日がへとへとだけど、一緒に暮らしていてめっちゃときめいてるので、作家をやめなければお裾分けできたらなって感じです」と語った。

山本賞を受賞した青崎有吾さん(33)の『地雷グリコ』(KADOKAWA)は、本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞も受賞し3冠に輝いた。じゃんけんで勝ったら階段を上がる「グリコ」や「だるまさんが転んだ」など、既存の遊びに独自ルールを加えたゲームで火花を散らす、天才高校生たちの頭脳バトルを書いた連作短編集だ。

選考会では「とにかく面白いが、書き割り的なキャラクターが出ている部分もあり、これを文学賞にしていいのか」と委員から異論が出たという。選考委員の小川哲氏は「命を懸けるようなゲームを青春小説の枠組みに落とし込んでいて、短いやりとりの中で高校生同士の感情のぶつけ合いが端的に描かれている」と解説。「戦っている人間同士の内面描写を緻密に書けるのは、漫画や映像作品では実現できない小説というメディアの強みだ」と小説の優位性を強調した。

青崎さんは受賞決定後の会見で「ゲームを扱った小説で殺人事件が起きたりはしないので、本格ミステリーとして読んでもらえるか不安があった」と吐露。「ギャンブル漫画を青春小説のフォーマットでやってみようと思い、3人の女子高校生の関係性の物語に集約させた。青春小説として評価していただいたのもうれしい」と笑顔で話した。

「ミステリーと言ってもいろいろあるが、自分が一番魅力を感じるのはロジック、謎解きの部分。米の推理作家、エラリー・クイーンの作風に感銘を受けた」という青崎さん。漫画的な手法を取り入れたことへの批判を念頭に、「もし『地雷グリコ』がライトノベルのレーベルから発表されていたら、同じ内容でもこんなふうに評価していただけただろうか。小説家としてというより、一人のエンターテインメント好きとして考えていかなければいけない部分もある」と問題提起した。(村嶋和樹)

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