今月上旬、いつもの漁港へメバル釣りに出掛けた。たそがれ時、堤防の突端で3間半の振り出し竿を伸ばす。
強い引きで数匹釣った頃、ふと後ろを振り向くと、少し離れて車椅子の男性がいた。近くに車も駐まっている。
彼は短い投げ竿を振っていた。なるほどそうか、車椅子だって釣りはできる。でもここでは投げ竿だとメバルは釣れない。もう一度目を向けた。
と、向こうもこっちを見ている。頭を下げた。慌てて私もこくりとやった。それから本格的に釣れ始めた。
40分で魚信(あたり)がなくなった。
男性が、思い切ったように車椅子を寄せて来るのがわかった。「釣れましたね」「うん、ここが一番釣れるんでね」。一瞬で打ち解けた。
私は誰にも教えたことのないメバル釣りのコツを話し始めた。そうしたかった。
「次はこの場所でやるといいよ」。彼はにこにこしながら「いいんですか」「なに、先に来た人が勝ちだから」
男性は再び会釈し、車椅子を回した。慣れた動作で道具をしまい、椅子をたたんで車に乗り込んだ。窓を開け「今日はボーズで帰ります」「次は頑張れ」「ええ」
ライトをつけ車は去って行った。
工藤俊逸(71) 青森市