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永井荷風の日記、時代批評を後世に 「断腸亭日乗」全文を初文庫化 岩波書店刊行へ

産経ニュース 2024年7月3日 8時0分

小説「濹東綺譚」や「ふらんす物語」などで知られる作家、永井荷風(1879~1959年)の日記「断腸亭日乗」の全文が初めて文庫化され、岩波書店が今月から2年かけて全9巻を順次刊行する。大正、昭和、戦前戦後を見つめた荷風の時代批評でもあり、令和に改めて注目されそうだ。

「断腸亭日乗」は、荷風が37歳の大正6年9月16日から、79歳で亡くなる前日の昭和34年4月29日まで41年余り書き続けられた。天候や体調、食事、読書、執筆状況、交遊や文壇の人間模様、社会風俗、関東大震災、戦時体制下の様子など内容は広範囲で、時代を映す資料ともされてきた。

軍国主義化への嫌悪など過激な時局批判に身の危険を感じながら、「余の思ふところは寸毫も憚り恐るる事なくこれを筆にして後世史家の資料に供すべし」との決意も。終戦の昭和20年8月15日には「休戦の祝宴を張り皆々酔うて寝に就きぬ」とも記している。

岩波書店では荷風没後、平成までに2度刊行した全集や単行本で日記の全文を収録したが、いずれも絶版。一方、昭和62年に内容を抜粋して刊行した岩波文庫「摘録 断腸亭日乗(上下)」(磯田光一編)は49刷計約26万部のロングセラーになっている。

岩波文庫編集部の鈴木康之さんは「『摘録』の読者から全文を読みたいという要望も多く、長年の懸案だった。全集、単行本もない今、読みやすい文庫の形で作品を残す意義もある」と話す。

今回最大の特徴は、全集で編者も務めた中島国彦日本近代文学館理事長と、多田蔵人国文学研究資料館准教授による注解。一巻あたり本文約400ページに対し注解約50ページという手厚さで、日記に登場する人名、地名、店名から観劇の演目や新聞記事の内容までカバーする。

「注解によって記述のリアルさが浮き立ち、物語が広がる。日記の面白さ、楽しさがより感じられ、荷風の新たな発見にもつながると思う」と中島理事長は自負する。

鈴木さんは「時代や世相に流されない荷風の生き方に学ぶことも多い」とした上で、「手軽に読める本が売れる時代だが、これだけの作品を読み通す読書の楽しみを提供できれば。コアな荷風ファンはもちろん、新しい読者の目にも留まってほしい」と話している。(三保谷浩輝)

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