さらば、オレンジ色のニクい奴―。日本初の本格的なタブロイド夕刊紙として誕生した夕刊フジは1月31日発行をもって56年の歴史に幕を下ろします。発売中の特別保存版の記事を紹介します。
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夕刊フジは創刊時から「会社帰りのサラリーマンの味方」として紙面を作ってきた。企業で苦悩し戦う30~40代のミドル層を主人公に据えた経済小説で時代を築いた作家の高杉良氏(85)は、夕刊フジの歴史を振り返るうえで欠くことのできない存在だ。連載小説やノンフィクションで企業や社会、人間の表と裏を描き、政治や時代にもブレずに直言してきた。
高杉氏は夕刊フジで1983年5月から、84年3月まで小説『広報室、沈黙す』を連載した。社内の抗争やマスコミ対応に奔走する広報課長を描いた作品はロングセラーとなり、「広報マンのバイブル」と呼ばれている。
「新聞連載は初めてでしたが、サラリーマン向けということを意識しましたね。連載中から反響も大きく、電車の中で夕刊フジを読んでいる人を見かけると、ドキドキしてうれしかったのを覚えています。連載できたことで作家として自信がつきました」
85年9月からは『小説 日本興業銀行』の連載が夕刊フジで始まる。石油化学専門紙記者との二足のわらじだった高杉氏が、作家専業に踏み出すきっかけとなる連載だった。
「相談役だった中山素平さんが行内で声をかけてくれたおかげで、取材は順調に進みました」
興銀が戦後の産業復興を支えた様子を実名で描いた。取材や事実確認、原稿執筆を並行して進め、しかも小説として面白く書くという離れ業だった。
「取材するとどんどん書きたいことが増えてきて、連載は2年半に及びました。ソッペイ(素平)さんには『戦後経済発展史としての資料価値が高いですね』と言っていただいたことが忘れられません」
その後、バブル経済とその崩壊を経て、90年代後半に入ると、銀行や証券会社など金融業界や、監督官庁などが抱える問題が次々と明らかになっていった。高杉氏の小説『金融腐蝕列島』は、大手都市銀行の支店長が大物総会屋など金融業界の裏人脈と苦闘する様子を描いたが、現実の「総会屋事件」を予見していたとして改めて注目された。
夕刊フジでは、総会屋事件さなかの97年5月、『第一勧業銀行 腐蝕の底流』と題したノンフィクションの集中連載を手掛けた。金融業界と総会屋のなれ合いや、それを見逃した大蔵省の責任に鋭く斬り込みつつ、若手行員らに改革へのエールを送っている。
2000年代に入ると、外資による日本企業の買収や市場原理主義の拡大に警鐘を鳴らす提言を夕刊フジで行った。
また、14年に『広報室、沈黙す』を夕刊フジで再掲載したほか、15年には『祖国へ、熱き心を 東京にオリンピックを呼んだ男』を掲載した。
現在85歳。加齢黄斑変性により視力は低下しているが、経済事象への問題意識はなおも旺盛だ。
「セブン&アイ・ホールディングスの買収話やKADOKAWAの角川歴彦前会長の事件など、もう少し若ければ調べてみたい、書いてみたいテーマは多いですよ。昔と比べて取材が難しくなっているという事情もありますが、経済小説で描けることはたくさんあると思います」
夕刊フジの休刊について、高杉氏はこう語った。
「もちろん作家になる前から駅の売店で買って読んでいました。朝刊では読めない情報が載っていて、夕刊フジの果たした役割は大きいと思います。休刊っていうのは惜しいなあ。紙と活字が衰退することに、日本の文化に対する危機感を覚えています。連載を通じて夕刊フジに育てられたという思いは濃厚です」(聞き手・中田達也)
高杉良
たかすぎ・りょう 1939年1月生まれ、東京都出身。石油化学専門紙記者のかたわら、75年『虚構の城』で作家デビュー。主な作品に『広報室沈黙す』『炎の経営者』『小説 日本興業銀行』『小説 巨大証券』『金融腐蝕列島』シリーズ、『青年社長』『不撓不屈』など。自伝的小説に『めぐみ園の夏』『破天荒』。