海外から日本に旅行中だという70代前半の女性患者さんが関係者に付き添われて、クリニックを受診しました。
この女性患者さんは荷物をどこかに置き忘れてきてしまったようです。話す内容のつじつまも合っていませんでした。前日に受診した他の病院では脳の画像検査を受けたそうです。そのときは「特に異常はない」と言われたそうなのですが、言葉の壁はあるとはいえ、どこかぼんやりしているような印象を受けました。
喉が渇くようで多量の水分を摂取していました。糖尿病を患っているので、普段はインスリンの注射を打っていたようですが、旅行中は中断してしまったそうです。
すぐに血液と尿の検査を行うと、糖が体でうまく使えていないサインである「尿ケトン体」が陽性を示しました。状況と症状、検査結果から高血糖に伴う「口渇多尿」と「意識障害」だと診断しました。さらに早急に入院治療を開始できるようにと総合病院を紹介しました。
糖尿病の治療を中断してしまった理由を尋ねてみたところ、注射薬を持っていると、出入国審査などで面倒なことになると考えたので、携行しなかったそうです。たとえ注射を打つのを中止しても、体調が変わらない場合もあるでしょう。だからといって、やめても大丈夫というわけではありません。体の中では、その注射によって抑えられていた血圧や脂質が上昇してしまうケースもあるからです。
特にインスリンの分泌が非常に少なくなっている人は注意が必要です。旅行など特別な事情があって、どうしても注射を打てない日が続きそうな場合は、主治医など専門の医療従事者に必ず確認しましょう。
海外ではインスリンの注射を自分で打っている人がさほど珍しくない国もあります。そんな国での出入国審査や荷物検査で注射器がトラブルになるとは考えにくいのですが、心配ならインスリンの使用について記載したカードを携行するとよいでしょう。「日本糖尿病協会」のサイトでは海外旅行用の「英文カード」が入手できます。インスリン注射を打っている場合などは治療内容や合併症の状況などが記入できるので、出発前に主治医に英文で書いてもらいましょう。
この女性患者さんからは「ありがとう」と言われました。具合が悪くなってしまった理由がどうやら伝わったようだったので、一安心です。
(しもじま内科クリニック院長 下島和弥)