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自動運転が描く未来の地域医療 湘南アイパーク、大学・商社と共同研究 街づくりの一翼に 神奈川発 医療革命(上)

産経ニュース 2024年11月10日 9時0分

武田薬品工業の一つの研究所からオープンイノベーション化し、運営主体も変わった研究開発拠点「湘南ヘルスイノベーションパーク」(湘南アイパーク)は、地球規模のグローバルな視野と地域に根差したローカルな視点を併せ持った「グローカル」な拠点でもある。この拠点から医療改革を生み出そうという取り組みと、日本のヘルスケアの可能性を探る。

上空を飛行するドローン(小型無人機)からの情報を基に救急車が駆け付ける。救急隊員はカメラ機能を備えた眼鏡型機器「スマートグラス」を着用しており、その映像を共有している病院内の医師が患者対応の指示を送った。

神奈川県藤沢市と鎌倉市にまたがる湘南アイパークが昨年12月、地域公開イベントで実施した「未来の救急救命」の実証実験の一コマだ。救急車と病院がリアルタイムでデータを共有。病院への患者受け入れを円滑にするための実験で、実施した3日間で地域住民ら約900人が参加した。

車内で血圧、体温計測

湘南アイパークは「革新的なアイデアの社会実装」を目標に掲げ、ライフサイエンスのみならず、医療や健康に関するヘルスケア分野でもイノベーションに取り組む。その一環として、次世代交通サービス「MaaS(マース)」という新しい概念を横浜国立大や三菱商事と共同で研究している。救急救命の実証実験もこの一つで、これまでに遠隔操作やシステムによって車両を運行する「自動運転」の活用に力を注いできた。

令和3、4年には敷地内で自動運転車で通院することをシミュレーション。診療前に必要な手続きを行うための装備がある自動運転車が用意され、病院に向かう想定の車内で血圧や体温などを計測して送信し、移動中に通院の受け付けを済ませる流れを確認した。

こうした自動運転車を使った仕組みを導入できれば、郊外の高齢者らは自ら運転することなく通院できるほか、病院内の待ち時間解消で診療の効率化が図れる。運転手不足などの社会課題の解決にもつながる。

湘南アイパークを運営する「アイパークインスティチュート」に出資する三菱商事の国内都市開発部の曽我新吾総括マネージャーは「自動運転という移動の手段と医療を掛け算して、来るべき(医療現場の)世界観を伝えたかった」と説明する。

市民も開発の一員

アイパークインスティチュートは10月3日、ヘルスケア分野から社会の変革を促す取り組みを加速させるため、三菱商事、徳洲会湘南鎌倉総合病院、横浜国立大とともに「新湘南ウェルビーイング協議会」を設立した。

横浜国大の学長補佐を務める同大学院工学研究院の下野誠通准教授は「社会実装のゴールは、市民一人ひとりに優れた技術を使ってもらうこと。いまは市民の方にも開発に片足を突っ込んでいただき、新たなチャレンジのチームメンバーとして一緒にやっていただいている」と語る。

同大は4、7月、地域住民参加の「てくてくてっく」という取り組みを実施した。歩くことで健康を見直し、街の防災上の課題がないかチェックすることが目的だが、同時に同大の学生も参加し、街づくりの一翼を担う試みでもある。

世界のモデルケースに

日本の創薬は世界のトップ企業との間には分厚い壁がある。桁違いの資金力で研究に投資し、人工知能(AI)など最先端技術までも駆使する米国などのトップ企業との差は広がっているのが現実だ。

新たな医療と健康の仕組みを備えた街づくりによって、その差は縮められないか。曽我マネージャーは「インドネシアも、ベトナムも高齢化の波がくる。いずれも都市化で交通渋滞という大変な課題も抱えており、この新しい取り組みは世界の課題解消のモデルケースになる」とした上で、こう強調する。

「新たな診療システムを備えた街ごと輸出するようなイメージもある。欧米と闘える日本の強みになる」

令和14年には近くにJR東海道線の「村岡新駅」も開業する予定だ。下野准教授は「新駅ができて、この地域に人が住んだとき、われわれの実証実験の成果が形になって、街に埋め込まれているといいと夢描いている」と話した。(大谷卓、高木克聡)

湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)

平成30年、藤沢市にあった武田薬品工業の研究所を外部に開放して設立された研究開発拠点。「核心的なアイデアを社会実装する」を理念に掲げ、「世界に開かれたライフサイエンスエコシステムの構築」を使命とする、製薬や次世代医療などを牽引する企業や団体など約130社が入居している。

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