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<ビブリオエッセー>託された大切な言葉  「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ-若き医師が死の直前まで綴った愛の手記」井村和清(祥伝社)

産経ニュース 2024年8月19日 12時29分

印象に残ったのは「自殺について」という一文だった。井村和清医師はこう書いている。

「自殺をする人間は弱い人間、とよく言われます。しかし、私はそうは思わない」。井村医師は「ひとりで悩み、ひとりで苦しみ、ひとりで泣く」人の苦悩を思い、学生時代に同じ下宿にいた後輩の自殺や自分が扱った中年女性と8歳の少年の自殺未遂をふり返っている。

いつも話を聞いてあげていた後輩が一番悩みぬいているとき傍らにいてやれなかったことを井村医師は悔やんでいた。私はこれだけ真剣に人を思う優しさに胸を打たれた。

この本は不治の病に倒れた井村医師が2人の娘と妻、両親、周囲の人たちに向けて書いた遺稿集だ。このとき長女の飛鳥さんはまだ2歳。次女の清子さんは母の胎内にいて、井村医師にとって「まだ見ぬ子」だった。

井村医師は病で右足を切断し、義足と杖で病院へ復帰した。やがて胸の痛みを覚える。自分の体が耐えらえるぎりぎりまで患者を思う医師の姿に心打たれた。そしてあとどれだけ生きられるか分からない状態の、その苦しみを思うとふと弱気になる場面で「生きている限り生き、歩ける限り歩く」と前を向く。ひとりで苦しみを背負い自殺まで考える人たちには「けっしてあきらめるな」と書いた。生きようと。

娘たちへの手紙に「心で私を見つめてごらん」と書き残した井村医師。「心の優しい、思いやりのある子に育って欲しい」と何度も繰り返している。さぞかし心残りだっただろう。31年の人生はあまりに短い。

看護師をめざしている私は井村医師の言葉を大切にしたい。40年以上も昔に書かれたこの本が私に、これからの道を示してくれた。

神戸市北区 荒木風夏(19)

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