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すさまじい悪臭とハエの大群が・・日本人捕虜がビルマで経験した「イギリス式の残虐行為」 <ロングセラーを読む>『アーロン収容所』会田雄次著

産経ニュース 2024年8月25日 9時20分

今年も終戦の日の15日、全国戦没者追悼式が行われた。日本の8月は鎮魂の季節。先の大戦に関する本のコーナーを設ける書店も多く、昭和史や戦記を手にしたくなる時期でもある。そんなふうにして読んだ中で強く印象に残っているのは、ビルマ戦記『アーロン収容所』だ。

終戦後、英軍捕虜として強制労働に服させられた歴史家の会田雄次・京都大名誉教授(1916~97年)が自らの体験をつづり、日英の文化の違いを論じたもの。昭和37年に新書版が発刊。日本人の西欧観を揺さぶったとされる。

初めて読んだ平成10年ごろは、もっぱら日本軍による捕虜虐待や、いわゆる「従軍慰安婦」「南京大虐殺」といった自虐史観に基づく日本軍の残虐性が語られていた。それだけに「イギリス式の残虐行為」があったと訴える本書から受けた衝撃は大きかった。

著者は昭和18年に教育召集で歩兵連隊に入隊し、そのまま激戦地のビルマ(現ミャンマー)へ送られた。300人以上いた所属中隊も終戦時は14、15人。終戦直後から22年5月まで捕虜生活を送り、「英国というものに対する燃えるような激しい反感と憎悪を抱いて帰ってきた」。

20年11月に入れられたラングーン(現ヤンゴン)の「アーロン日本降伏軍人収容所」は塵芥糞尿集積所の向かい。すさまじい悪臭とハエの大群が著者に襲いかかる。空き地が無限にある中で「奇蹟のように汚い場所」に置かれたのは、英軍の明確な目的があったと思うしかなかった。

何が残虐かに基準はない。著者は日本人と欧州人のどちらが残虐かを決める共通の尺度はないと前置きし、英軍について「なぐったり蹴ったりの直接行動はほとんどない。しかし、一見いかにも合理的な処置の奥底に、この上なく執拗な、極度の軽蔑と、猫がネズミをなぶるような復讐がこめられていた」と書いた。

最も印象深い事例は、著者が戦時中に捕虜となった投降者から、帰れないかもしれないので日本に知らせてほしいといって聞かされた話だ。イギリス人捕虜虐待の疑いで大河の中州に収容された部隊は飢えのため、病原菌がいると英軍が警告するカニを生で食べずにいられなかった。全員の死を見届けた英兵は、衛生観念不足の日本兵が生ガニを食べた、と報告したという。

著者らは英軍兵舎の掃除や波止場での荷役、物資運搬などに使役され、「無意味で過重で単調な労働の連続は、やがて兵隊たちの反抗心を失わせ、希望をなくさせ、虚脱した人間にさせ」ていく。東洋人を人間扱いしない英兵の絶対的な優越感にも言及した。

日本人の残虐行為とされたものの中には、何千年もの異なる歴史的環境で形成された「ものの考え方の根本的な相違」が誤解を生んだものがあると著者はみた。家畜の飼育や解体に慣れた欧州人と、そうした技術を持たない日本人との違いを論じている。戦場が異民族と接する機会であったなら、現代の移民問題と通じるところがありそうだ。

『アーロン収容所』は昭和48年に文庫版も刊行。発行数は新書が累計34万500部、文庫が同30万3500部に上る。今も売れるのは日本人やビルマ人、インド兵らの性質も論じた著者の観察眼ゆえだろうか。英軍の食糧をくすねるなど、捕虜生活を面白く描いてもいる。文庫版のあとがきによると、収容所仲間の批評は総じて「収容所生活をすこし楽しげに書き過ぎた」だったという。(寺田理恵)

『アーロン収容所』会田雄次著(中公文庫・770円)

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