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雨のモアイ 美村里江のミゴコロ

産経ニュース 2024年9月9日 13時9分

ベッドマットを捨てなければ…。

小雨の降り出した前夜から頭をよぎっていた重要課題が、早朝から強まった雨脚により難易度を増していく。

雨を吸えば確実に重くなるベッドマット(鉄骨枠で接続された脚付き)。回収者の労力を考え、指定時間の午前8時直前に出そうと様子をうかがったが、これ以上は待てない7時過ぎ、脚を外して移動を開始した。

前夜、「出張前に自分が」と申し出てくれた夫の提案に乗るべきだったと後悔しつつ、床上をスライドさせ玄関外へ。引越し時は無問題だったと気軽に考えエレベーターに乗せるも、角度を工夫しても入り切らない。慌てて鉄骨枠とマットを分離する作業に入り、共有廊下で音を立てないようにこそこそ十数分。

マットと鉄骨枠を別々に1階まで下ろし、エントランスで再び一体型に戻した7時半。通勤の方も多い時間帯、邪魔にならぬよう早くと焦る。

さあ、いよいよ雨の中。

かっぱのフードをたたく強い雨をBGMに、植栽された外門までのタイル張りの小道をマットを立てた状態で通過。最難関のアスファルトの公道へ。摩擦が強く、ここまでのように滑らせることは不可能だ。

そこで秘策の「モアイ式移動」である。イースター島の採石場で彫刻された全長4〜5メートル、重さ20トンクラスの巨像群は、人力のみで数十キロ先まで移動している。方法は立像にロープを巻き、右、左、と数名で引っ張り重心移動で前進する。古代人の知恵である。

しかし、雨でどんどん重みを増す縦2メートル、横1・7メートルのマットに対し、1人では想定以上に遅い! 回収指定場所まであと20メートルを残し8時目前。5センチずつしか進めないのに果たして間に合うのか?

視界もかすむ豪雨の中、かっぱ内に滝の汗を滴らせ必死の前進。筋肉疲労と暑さで頭がクラクラしだしたとき「あ、もう大丈夫ですよ~」と笑顔の作業員のお兄さんが現れ、濡(ぬ)れそぼったマットは無事回収された。

よたよた戻った玄関の鏡には、髪のへばり付いた赤面に曇った眼鏡で息も荒い中年の姿。実は進行中、「手伝いましょうか」とお声がけくださった老若男女が5人もいらしたのだ。丁重にお礼を言いつつ1人で終えたが、ただでさえ億劫(おっくう)な雨天通勤中、道半分を塞いだ迷惑モアイ女になんとお優しい方々であったか…。

重労働の達成感と幸福感も得た、夏雨の朝であった。

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