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「義務を守って命を落とした人たち」が山野のあちこちに遺棄されて 「白骨街道」の鎮魂歌 <ロングセラーを読む>『ビルマの竪琴』竹山道雄著

産経ニュース 2024年10月27日 7時0分

この欄でビルマ戦記『月白の道』『アーロン収容所』を再読したら、児童向けの小説『ビルマの竪琴(たてごと)』を無性に読みたくなった。舞台は、先の大戦終戦前後のビルマ(現ミャンマー)。主人公の水島上等兵がなぜ日本兵の骨を残して帰国することができなかったのか、小学生のときに読んでも理解が及ばなかった。

子供向けのためか、悲惨な戦場の描写は少ない。だが、ビルマ戦で亡くなった日本軍将兵は19万人といわれ、退却路は飢餓とマラリアで死者が相次ぎ野ざらしになっていたことから「白骨街道」と呼ばれる。その事実を知った上で読めば読後感は変わるはず。

本作は、評論家でドイツ文学者の竹山道雄(1903~84年)が昭和22~23年に童話雑誌で連載し、23年に単行本化。複数社から刊行されており、新潮文庫版は107刷246万部超が発行された。

物語は、帰還兵の語りで進む。語り手がいた部隊は音楽家の隊長の下でよく合唱し、苦しいときも元気が出た。伴奏は水島の竪琴。英軍に包囲される中、部隊は故郷を思う英国民謡が原曲の「埴生(はにゅう)の宿」を歌ったのがきっかけで戦闘を回避、敗戦を知る。

敵と味方が音楽の力で合流する場面は感動的だ。新潮社の紹介文にも「戦場を流れる兵隊たちの歌声に、国境を越えた人類愛への願いを込めた本書は、戦後の荒廃した人々の心の糧となった」とある。

ビルマに敬虔な仏教徒が多いことを踏まえ、一生に一度必ず着るなら軍服と袈裟(けさ)のどちらがいいかを作中で兵士たちが議論するなど、人間の生き方を考察。戦争を反省し平和を求める文学とも評価された。宗教に関する間違いや、人食い人種が登場する場面などに批判があるが、本作は戦記ではなくフィクションだ。

映画化されたので、ストーリーを知る人は多いだろう。部隊は捕虜収容所へ送られるが、降伏しない隊の説得に向かった水島は行方不明。収容所周辺に姿を現すビルマ僧が水島ではないか、戦友たちは思い巡らす。帰国間際に水島から届いた手紙には、帰れなくなった経緯がつづられていた。「幾十万の若い同胞が引きだされて兵隊になって、敗(ま)けて、逃げて、死んで、その死骸がまだそのままに遺棄されています(中略)もうこれをそのままにしておくことはできなくなりました」

新潮文庫収録の「ビルマの竪琴ができるまで」(昭和28年)で、竹山は「日本軍のことは悪口をいうのが流行で、正義派でした。義務を守って命をおとした人たちのせめてもの鎮魂をねがうことが、逆コース(民主化・非軍事化と逆行する動き)であるなどといわれても、私は承服することはできません」と、戦後の風潮に異議を唱えた。あとがきでは「私の知っていた若い人で、屍(かばね)を異国にさらし、絶海に沈めた人たち」を思って書いたことを明かしている。

物語の根底にあるのは鎮魂の願いだ。作中では、英軍兵士の納骨堂が対比される。丁寧に祭られた骨壺が故郷へ帰ると知った語り手の「山野のあちこちに打棄(うちす)てられたままだったら、それこそ恨みはいつまでも尽きない」という感慨は、今を生きる私たちにも向けられているように思う。

先の大戦による海外戦没者は約240万柱。遺骨収集が続けられているが、未収容の遺骨は令和5年度末で約112万柱に上る。同胞を弔う物語は多くの遺族や帰還兵を慰め、ビルマ式慰霊塔建立や遺骨収集に駆り立てたのではないだろうか。(寺田理恵)

『ビルマの竪琴』竹山道雄著(新潮文庫・649円)

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