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型にはまった努力に人間味 『ミスター・チームリーダー』 <聞きたい。>石田夏穂さん(小説家)

産経ニュース 2025年2月2日 7時0分

ボディービル大会で「女らしさ」と格闘する女性会社員を描いたデビュー作「我が友、スミス」と同様、本作でも中堅ボディービル選手の男性会社員を主人公に据えた。ただ、ボディービルそのものが主題ではないという。

「体重にキリキリする会社員を書きたいと思っていて、ボディービルは体重別で階級が決まるので。すごくマッチョな人が、グラム単位で自分の体重に一喜一憂するところを書いたら面白いかなと」

大手総合レンタル会社に勤める後藤は、仕事ぶりが評価され入社9年目で係長に抜擢(ばってき)。しかし、ボディービルの大会に向けた減量がうまくいかない。ストイックな食生活と筋トレに励む一方で、肥満体の部下たちにいらだちを募らせながら、得意先の接待や急な出張を引き受け続ける。

「私も会社員をしている中で、最近は『上司のポジションって無理ゲーだな』と思うことが多くて。優しい上司が増えたからこそ、時代に逆行するような体育会系に淡い憧れがあった」

筋肉は自分の意志で動かせるが、脂肪はその限りではないと考える後藤は、次第に自分の思い通りに動かない部下をチームの「体脂肪」とみなすように。部下を切れば「自分の体重もキレる」という妄念にとらわれ、暴言にも歯止めが利かなくなる。

「弱いものに共感するのは簡単だけど、被害者よりも加害者を書きたい。自分が絶対に共感できないと思っていた人に共感するところがあると、いい意味でぞっとする」

「自分らしさ」には価値を見いだせず、他人のシビアな評価にさらされる「モノ」になっているときに生を実感するという後藤。一見、人間味を欠いたその姿は「人間を描くときに、親子関係や恋愛といった〝ドロドロ〟を求められてしまう純文学」へのアンチテーゼでもある。

「私自身、良くも悪くもあまり人間関係に興味がないし、小説のように表情から他人の気持ちは絶対に読み取れない。『私らしく生きる』とかよりも、ちゃんと型にはまってがむしゃらに努力することの方にこそ、泥臭さ、人間らしさがあるんじゃないか」

(村嶋和樹)

いしだ・かほ 小説家。平成3年、埼玉県生まれ。東京工業大(現東京科学大)卒。令和3年に「我が友、スミス」がすばる文学賞佳作となりデビュー。同作と『我が手の太陽』が芥川賞候補入り。

『ミスター・チームリーダー』石田夏穂著(新潮社・1650円)

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