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ネイルが日常の些事ほぐす 『ゆびさきに魔法』 <聞きたい。>三浦しをんさん(小説家、随筆家)

産経ニュース 2025年1月19日 7時0分

「光沢のある、黒に近いシルバー」のジェルネイルが、両手の指先に光る。

「まだマニキュアしかなかったころから、自分で塗って楽しんでいて。今はネイルサロンで3週間に1回、塗ってもらっています」

お仕事小説の名手が満を持して書いたのは、東京の私鉄沿線の商店街に店を構えたネイリスト、月島美佐の物語。

「ネイルアートをすると心もリフレッシュするし、仕事柄手元しか見ないので、爪がきれいだと張り合いがある。いつかネイリストの世界を小説にしたいと思っていた」

月島が4年前に木造長屋に開店したネイルサロン「月と星」は常連客もつき、経営は順調。ただ、隣の居酒屋「あと一杯」の大将、松永とは疎遠なままだ。松永は「料理に邪魔じゃないか」とネイルに偏見を持つが、松永の巻き爪を月島が処置したのを機に、才気あふれる新米ネイリストの大沢星絵も加わった「月と星」は商店街を巻き込んで活気を増していく。

「私自身も足の親指の爪がパーンとはげて、生えてきた爪が巻き爪になっちゃったことがあって。ネイリストに相談したらネイルサロンでも対処できますと。私の場合はすぐに痛みが消えました」

「月と星」を訪れるのは、子育てに忙殺される化粧っ気のない母親から、ネイル好きを明かせずにいるイケメン俳優までさまざま。月島と大沢は顧客の心も解きほぐす。

「ネイリストはお客さんと一対一で向き合って、ずっと施術する手に触れている。だからこそ人の心を感じ取る力があるし、人との距離感にも気を配れる方が多い」

30代半ばを迎えた月島は、仕事に没頭してきたゆえの希薄な人間関係や、自分が提案した大沢の移籍に煩悶(はんもん)しながらも、「三週間ほどで消える魔法」であるネイルを続ける。魔法がすべてを解決してくれるわけではないのだ。

「日常ってささいな納得できることがあったとしても、次の瞬間から『今日の夕飯の食材がないな』とかいろんな些事(さじ)が襲いかかってくる。明確な解決には至らないけど、『まあまあこんな感じでいいか』と過ぎていくのが日常かな」(村嶋和樹)

みうら・しをん 小説家、随筆家。昭和51年、東京都生まれ。平成12年に『格闘する者に○』でデビュー。18年に『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、24年に『舟を編む』で本屋大賞を受賞。

『ゆびさきに魔法』三浦しをん著(文芸春秋・1980円)

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