SHUNさんの『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』(新潮社・1815円)にぐっと引き込まれた。トゲだらけの人生を歩んできた青年の半生記を読むような感覚だ。帯に載った惹句がすべてを言い表している。
《6歳の夏、「おしっこ見せて」と言われた少年は、ヤクザにならないためにホストになった。そして今、歌舞伎町で寿司を握りながら歌を詠む-》
SHUNさんは昭和62年、東京都足立区生まれ。下町のホストクラブを経て、18歳で歌舞伎町へ。現在は寿司店で寿司も握る-。異色の経歴もさることながら、隠しておきたい過去の記憶も五七五七七という定型に落とし込んで作品に昇華する力量と、裸になることをいとわない潔さに思わずうなってしまう。
SHUNさんを知る作家で歌人の小佐野彈さんは「五七五七七の定型には魔法がある」と言っているが、まさにそう。もちろん魔法を使うには、資質と鍛錬が必要なのは言うまでもない。153首を収めた本書の作品は、それぞれが屹立し、透明で静謐な抒情をたたえている。
まず謎めいたタイトルについて書いておこうか。「月が綺麗ですね」は、英語教師をしていた夏目漱石が「I love you」を「我君を愛す」と訳した生徒に対し、「日本人ならそのような言い方はしない、月が綺麗ですねといいなさい」と言ったという俗説から生まれた表現。「死んでもいいわ」は、ツルゲーネフの小説「片恋」で、愛を告白された女性が「私はもうあなたのものよ」と返した言葉を、二葉亭四迷が意訳した表現だ。
冒頭に置かれた歌が強烈だ。
《オレンジに染まる団地に誘われた六歳の夏「おしっこ見せて」》
本歌集は性虐待の記憶から始まり、舞台は新宿へ。
《「ヌードモデルやってみないか?」十八歳、汚れた皮膚を光で洗う》
そしてホストの日々。
《行儀良く光るネオンを見つめおり知らぬ女に触られながら》
客のみだらな欲望に身を任せ、帰宅するのは朝だ。
《午前五時煙草を咥えベランダへ隣の家の朝食は鯖》
夜の暮らしと昼(普通)の暮らしが鮮やかに交差する。
こうした日々のなかで、ささやかなことにSHUNさんは目を奪われ、「あっ」と心を震わせる。この感受性がすてきだ。
《駅中のコンビニで買う半額のクリームパンが震えていたり》
《傘立てに溜まるしずくは垢となりやがて乾いてまた雨を待つ》
自分の心の震えや乾きが重なる鮮やかな作品だ。そして寿司屋の体験が新境地を開かせる。手にする魚の色艶が、SHUNさんから上品なエロスとユーモアを引き出しているようだ。
《日曜は利尻昆布に包まれて休む真鯛をゆっくり起こす》
寿司職人としての自分の仕事を楽しんでいるに違いない。また、真鯛の向こうに、本当に愛し大切にしようとしている女性の影が見えるようだ。詠まれているのがその女性かどうかは定かでないが、こんなエロチックでユーモラスな歌も。
《蛸のごと浴槽から出る生足を舐めてみたいが吸盤が無い》
歌集の最後に置かれたのがタイトル歌だ。
《最後にね言っておきたい君達に 月は綺麗で死んでもいいわ》
最後まで読んでくれてありがとう。愛してます! 見事なエンディングである。 (桑原聡)
=次回は12月8日掲載予定