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戦後世相を背景に個を描く 『日本蒙昧前史 第二部』 〈聞きたい。〉磯﨑憲一郎さん(作家)

産経ニュース 2024年7月21日 7時0分

『日本蒙昧前史 第二部』磯﨑憲一郎著(文芸春秋・2805円)

自らが少年期を送った昭和の出来事を描いた長編『日本蒙昧(もうまい)前史』で谷崎潤一郎賞を受けたのが4年前。続編となる今作でも、ほぼ同じ時代の史実を題材に、戦後日本の空気を浮かび上がらせている。

「この国はどこからか、おかしくなってしまった。『その直前の時代を書こう』という思いで付けたタイトルだったんですが…」と語る。「でも、この作品で書いた時代も十分おかしい(笑)。結局、当時も今も、ずっと蒙昧の時代を生きているんだなあと」

物語の主な舞台は昭和40年代後半。中国から寄贈されたジャイアントパンダの一般公開を控え、重圧と緊張に苦しむ上野動物園の飼育課長。テレビドラマでの共演をきっかけに結婚した人気俳優2人の高揚と戸惑い。日本でのオイルショック騒動を、産油国の中東から複雑な気持ちで眺める外交官…。挿話が次々と連なり、語りは時空を自在に飛び回る。

描かれるのは、戦後社会を彩った有名な出来事ばかりだが、年号や主要人物の名前はほとんど記されない。奔放な想像力で、人物の行動と内面を大胆に紡ぐ。前景化してくるのは、小さくともかけがえのない人間の感情、精神の歴史だ。「自分にとって思い出深い、切実な時代。ただ、『真の歴史』のようなものを提示したいわけではない。全く別の現実を立ち上げたかった」という。

「歴史って、因果関係が整理され、単色的に語られがちですよね。それにあらがいたい。小説でなら、歴史からこぼれ落ちる個人の戸惑いや不安といった複雑な感情を受け止められる気がするんです」

プロットや設計図を事前に作らない。「最初の一行に導かれて」書き継ぐ手法をデビュー以来貫いてきた。ドライで伸びやかな本作の語り口に浸っていると、心地良い音楽を聴いているような感覚に包まれるから面白い。

「作者のメッセージや社会への問題提起だけが小説にとって大事なわけではない。没入している時間そのものを楽しめる。小説にはそんな力があると思う」

(海老沢類)

いそざき・けんいちろう 作家。昭和40年、千葉県生まれ。平成19年に『肝心の子供』でデビュー。『終の住処』で芥川賞、『赤の他人の瓜二つ』でドゥマゴ文学賞、『往古来今』で泉鏡花文学賞、『日本蒙昧前史』で谷崎潤一郎賞をそれぞれ受けた。

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