大学入学共通テストを皮切りに本格的に入試シーズンが始まり、試行錯誤中の受験生もいるだろう。歌手の木山裕策さん(56)の大学受験も山あり谷あり。現役時代は一般受験に不合格。浪人時代は英語の長文を「怖がらない訓練」に励んだ。黒歴史を乗り越え、2度目の受験で大阪外国語大(現・大阪大)の合格をつかんだ木山さんは「目的意識を持ってから自分は変わった。失敗は役立つはず」と振り返った。
僕が通った公立高で、高校教師の父が生物を教えていました。テストで悪い点数を取ると、父が先に知っているという状況。それなのに高校1年の終盤からどんどん成績が下がりました。それまでは何も考えずにただ勉強してきた僕が、「勉強って何のためにするのか」と考えてしまい、目的を見つけられなくなったんです。代わりに映画や音楽の世界にのめり込んでいきました。
2年生で英語も世界史も赤点(落第点)に。父の影響で幼い頃から昆虫の標本や図鑑などに親しんでいたので、生物だけはトップクラスをキープしましたが、総合成績は下位に沈みました。
家でも、進路指導担当だった父が「成績が悪いね」と。何で見せていない成績を知っているんだよ、と親と喧嘩ばかり。これって黒歴史ですよね。
そんな僕が変わったのは2年生の終盤。きっかけは、ある有名大の指定校推薦枠があると知ったことです。帰宅したらまず2時間ほど眠り、起きたら明け方近くまで勉強。息抜きにニッポン放送の深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン」を聞きながら、本気で目指しました。
英語の教科書を丸暗記
勉強方法はすごくシンプルで、英語なら教科書の本文を全部覚える。数時間、ひたすら英文を声に出して読むんです。さまざまな構文が音として頭に入り、読解のスピードが上がりました。積み重ねが大事なので、それを毎日、繰り返しました。そんな生活を続けたら3年生の1学期の成績が急上昇。学年上位に食い込めたんです。なのに志望校への推薦枠が急遽、なくなってしまって。人生はうまくいかないなと思いました。
それでも猛勉強すれば成績が伸びると分かり、自信に繋がりました。そこで志望校をどうするか。当時はスペインを代表する映画監督、ペドロ・アルモドバルの作品に魅了されていて、その関心を生かせるところで学びたいと考えるようになりました。スペインの建築家、アントニ・ガウディも好き。なので大阪外国語大(現・大阪大)のスペイン語専攻を志望することにしました。しかし現役受験は準備が間に合わず、受かりませんでした。
想像力を鍛える
浪人生活が始まってしばらくはまじめに予備校に通いました。でも「これを続けるのか」と思うと、疲れてしまって。夏は予備校に行かずに映画館に通い、貴族の没落を描いた作品などを見て、僕の悩みなんてたいしたことない、と自分に言い聞かせました。
ところがそんな生活が続くと、次第に罪悪感が芽生えてきて。秋になると、もっと頑張らなければと考えるようになりました。夏の息抜きが結果的によかったのかもしれません。以降は、朝から予備校、それが終わると閉館するまで図書館、帰宅後は日付をまたいで勉強。随分、禁欲的な生活に変わりました。
特に工夫したのは英語の勉強法です。現役で受けた大阪外大の2次試験の問題がとても難しく、それを克服する目的で、どんな英文が出ても怖くないように訓練に励みました。
その一つが、分からない英単語は分解して、意味を推測して訳せるようにするトレーニング。振り返ってみると、この練習のおかげで想像力が鍛えられ、思考力の幅は広がったような気がします。
2度目の大学入試は緊張しました。第1志望が大阪外大で、その他にいくつかの私立大も受験。大阪外大の合格発表で受験番号を見つけたときは、うれしかった。ようやく堂々と映画が見られるし、ガウディにも一歩、近づいたと思えました。
無理難題を崩していく
あてにしていた指定校推薦が受けられなかったり、現役入試を失敗したり。それらは無駄になっていないと感じます。思うようにならない困難な状況にぶつかっても、無理難題を「どうやって崩そうか」と考えられるようになったと思います。自分の力で逆境から抜け出せる自信がついたんです。
大人になり、甲状腺がんを患ったときも、そんな過去の経験があったから、見方を変えられたのかもしれません。人生では嫌なことがたくさん起きますが、視点を改めてみると、次の目標や新しい出口を見つけるためのチャンスになる場合があります。僕の場合、がんの罹患がきっかけで、自分のやりたいことに打ち込もうと思うようになり、歌手デビューにつながりました。
その経験は最近の活動にもつながっています。今月、小児がん治療を行う病院で、闘病中の子供たちや家族に向けて開催するチャリティーライブに出演します。
出演を依頼され、僕自身、がんを患った当初はつらいという気持ちだけを抱えていたことを思い出しました。人生ではシビアに考えなければいけない瞬間もあるので、チャリティーライブではただひたすらに音楽を楽しんでもらえたら。そんな思いで出演することにしました。
僕の曲に「君に贈る歌」というのがあります。挫折しても前に進んでほしいというメッセージを込めました。「失敗してはダメだよ」と大人は言いがちですが、僕は挫折は無駄にならないと伝えたいんです。もちろん浪人生時代に戻りたくはないけれど、失敗したり、挫折したりした経験は役立つはずだと思っています。
自分の4人の子供たちには勉強よりも考える力の大切さを伝えてきました。ただ、僕自身は受験での挫折を通して考える力を得られたので、自分の人生では受験勉強に励んだ意味があったと思っています。(竹中文)
木山裕策
きやま・ゆうさく 昭和43年、大阪市出身。甲状腺がんを乗り越え、4人の子育て中の平成20年にシングル「home」でメジャーデビュー。昨年10月にアルバム「贈る歌」をリリースした。2月15日、「avex」のユーチューブ公式チャンネルなどで公開される配信番組「LEC TV 2025」で、小児がん治療を行う病院でのチャリティーライブの様子の一部が披露される予定。