61歳のベテラン新聞編集者が、4歳の息子の子育てに奮闘中。笑顔と驚きに満ちた日々を、あるがままにつづります。
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パパの職場である夕刊フジが今月末、休刊する。創刊56年。創刊した昭和44年は、サラリーマンの定年といえば55歳。平成、令和とまたいできたが、働き方もすっかり変わった。
息子が生まれた令和2年は、コロナ禍の真っただ中。編集長だったが、全社的に在宅勤務、時差出勤が呼びかけられていたこともあり、後輩と連絡を取りながら自宅で編集作業をした。その間は育児と兼業。ノートパソコンを叩くとき、膝の上には、まだ赤ちゃんだった息子がいた。
「すーっ、すーっ」
激しくキーボードを叩いても、寝息を立てて大物感を漂わせる。上下がつながったロンパースからパンパンにふくらんだ手足が出て、ふいに触れるのが、かわいかった。
だいたい2時間おきにミルクやオムツのお世話。限られた時間で原稿を仕上げなくてはならなくなり、かえって仕事がはかどった。キーボードがリズミカルに動くと、子守歌のように寝息は、さらに深くなった。
「うー、うー」
1歳になろうとする頃、息子は、ベビーサークルの柵で、つかまり立ちができるようになった。面倒を見やすいようにちゃぶ台ほどの低い机で作業をすると、真横で立ち上がった息子と、ちょうど目が合った。ニコニコッと笑う目が「あそんで」と言っている。寝かしつけないと仕事にならなかった。
「いっしょに、ねよう」
2歳になった頃、息子に「おやすみ」を言ってからダイニングテーブルでパソコンを叩くと、「いっしょに、ねよう」と手を引かれるようになる。
やれやれ、とベッドにもぐりこむと、左右に寝ているママとパパを何度も交互に見ながら、「ママとパパ!」と言いながら、安心したように真ん中でスーッと寝た。
「おやすみなさい、パパ」
3歳になると、パソコンを叩く私のもとにやってきて、「おやすみなさい」とあいさつして、ママに手を引かれながら寝床に入るようになった。あいさつの後は、チュー、ハグ、ハイタッチをするのが儀式に。ぎゅっと両手で私の膝をつかむので、つい、赤ちゃんの頃のように抱える。体重は10キロを超え、パパのキーボードにも興味を示すようになってきた。
「いま、おしごとしてるから」
4歳のいま、仕事内容までは理解できていないが、毎日、パソコンに向かって文字を書き込んでいることは、うっすらわかっているようだ。画面に知っているひらがなを見つけて「なかもとの『な』」と言ったかと思えば、「これは『ゆ』」と、保育園で仲の良い女の子の名前の頭文字をしっかり覚えているから、油断ならない。
ママが、段ボールと画用紙でこしらえたノートパソコンをタイピングするように速く打ちながら「いま、おしごとしてるから」とパパのまねをするようにもなった。
息子は、まだ「休刊」の意味が理解できないだろう。いつの日か、うまく説明できるように、パパもメディアの変化についていかなくてはと、自分を奮い立たせている。
中本裕己
なかもと・ひろみ 昭和38年生まれ。前「夕刊フジ」編集長。著書に『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました』。
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