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絶えゆく戦争の口頭継承 終戦時20代は総人口の0.3%未満…戦後世代も語り部に

産経ニュース 2024年8月14日 18時37分

先の大戦を体験した人から当時の実情を口頭で聞き取り、記録に残すことが極めて困難になっている。終戦時に20代以上だった明治、大正生まれの割合は、総人口の0・3%を割り込んだ。軍関係者と民間人を合わせて約310万人が命を落とした戦争の終結から今年で79年。戦争を知らない世代が「語り部」となって後世に向けて戦争を語り継ぐ。そうした新たな取り組みも進んでいる。

「戦争は殺し合い。敵も味方もみな死ぬ。地獄です」

英軍との激突で知られる南方のビルマ戦線から生還した元兵士、山本栄策さん(103)=滋賀県草津市=は静かにそう語る。

戦いから70年以上が過ぎ、100歳を超えたときに改めて平和への願いを残そうと決意。朝起きるとパソコンのキーボードに文字を打ち込む日々を送り、戦地の惨状などをつづった自費出版の私小説「百二歳の旅人」を書き上げた。

「戦地の様子を伝えることで平和や命の尊さをかみしめてほしい」。執筆のほか、講演会などに出向き戦争の体験を伝える活動を続ける。ただ加齢による衰えは著しく、頻度は減らさざるを得なくなっている。

「次に伝えなければ」重い口開く

昨年10月1日時点での総務省の人口推計によると、国内総人口1億2435万人のうち、昭和20年8月15日の終戦時に主に20代以上だった明治、大正生まれの人は35万8千人(0・3%)。戦後生まれは1億932万人(87・9%)で、戦争体験者による口頭での記憶の継承は、年を追うごとに困難さを増している。

戦没者遺族でつくる兵庫県遺族会事務局長の藤本けいこさんは「封印していた戦争当時の話を最近になって子や孫に伝えた人もいる」と明かす。

夫や親を亡くした悲しみを共有し続けた会の仲間と死別し、自身の体調不安を感じる今だからこそ「次に伝えなければ」という思いで重い口を開くのだという。

遺族会の役員も戦没者の孫の世代にまで拡大した。それに伴って、世間からは遺族会が事故や災害による犠牲者遺族の集まりと誤解されるケースも増えたといい、「戦争が遠い歴史になってしまっている」と風化を懸念する。

戦後世代を語り部に

こうした時代の到来に備え、国民が経験した生活上の労苦を伝える東京都千代田区の「昭和館」では平成28年に、戦後世代を「次世代の語り部」として育成する取り組みを始めた。戦争体験者に直接話を聞くほか、自分たちで現地調査も行い、それぞれの切り口で発信の仕方を工夫する。研修終了後は「語り部」として、小学校などに出向いて講話をするのだという。

これまでに委嘱された語り部は30代から70代の19人。気象予報士や元教員、主婦など経歴もさまざまだ。同館では「語り部」事業に並行し、戦争経験者の証言を映像記録に残す「オーラルヒストリー撮影作品」事業を進め、400点超の映像をデジタルアーカイブ化してきた。

「オーラルヒストリー」は、インタビューや口述の収集を通じて関係者の証言を文字や映像などに記録する手法で、第二次世界大戦後の米英で確立した。国の政策決定に携わった政治家や軍幹部といった公人が主な対象だったが、一般の兵士や労働者、移民といった一般の個人にまで対象が広がっている。

戦争体験者が発する言葉の重みを真正面から受け止めるにつけ、「戦争を体験していない自分がいったい何を伝えられるのか」。そんな葛藤を口にする語り部たちも少なくないとされる。それでも同館側は、体験者が絶えゆく中での記憶の継承こそ「戦争のない平和な世界を築くために欠かせない」と信じている。

「軍事」分野の関係者証言も活用

国の軍事に携わった関係者の証言を未来に残す作業は、創設から今年で70年を迎えた自衛隊において脈々と受け継がれている。冷戦期から現代に至る貴重なオーラルヒストリーとして記録され、安全保障分野の調査・研究や自衛隊の教育などに活用されている。

実施主体は防衛省の防衛研究所戦史研究センター。平成15年度以降、防衛力整備などに携わった元自衛官や元事務官らに聞き取り調査を行い、これまでに46人の口述記録を冊子にまとめた。政策決定の過程や対米交渉の舞台裏などに加え、政治家と省内との間のやりとりの様子なども生々しく記録されている。

防衛研主任研究官の千々和(ちぢわ)泰明氏(45)によると、公記録が歴史的な位置づけとなる「30年ルール」を考慮し、語り手は主に70代。30年ほど前までの記憶をたどるといい、千々和氏は「関係者への現実的な影響を避けつつ、歴史的な記録として残すことに意義がある」と説明する。これらの口述記録は学術界で定着しており、研究論文の作成のほか、自衛隊員の教育にも活用されている。

戦後の安全保障を記録した資料は、戦前や戦中のものと比べて一般からのアクセスが難しいとされる。千々和氏は「自衛隊発足から70年。その間の経緯を知る人の言葉を残し、検証を続けることが国の安全と平和につながる」と考えている。

戦争記憶の「整理と保存」国主導で 中尾知代・岡山大准教授(社会文化学)

オーラルヒストリーの手法に基づき、旧日本軍が英領インド北東部の攻略を目指した「インパール作戦」から生還した元兵士の男性に話を聞いていたところ、男性が号泣しながら私の両肩をつかんでゆさぶり「戦争だけはだめ。皆不幸になる! あなたも先生なら皆に伝えてよ!」といった言葉が忘れられない。

終戦から79年の年月が流れ、戦争を知る世代の子や孫たちが、当時の記憶を聞くことができる最後の機会が訪れている。たとえ詳細が正確さを欠いていたとしても、生死をさまよった体験は鮮明でリアリティーに富んでいる。「記憶の落ち穂」を拾い集めるように断片的な話を書き記すだけでも記憶の継承は豊かになる。

そして、その継承こそが新たな戦争を防ぐ大きな手立てとなる。

また、自らの記憶を私文書に記して残す戦争体験者も多い。非常に貴重な資料なのに、そうした記憶を一元的に整理、保存する施設が国内には存在しない。大切な記憶が埋もれてしまうことを防ぐ取り組みを、民間の努力と、国主導の双方で進めるべきだろう。(木ノ下めぐみ、岡嶋大城)

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