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長岡京期の大型建物跡出土 「京外」の暮らし物語る

産経ニュース 2024年8月29日 11時34分

中久世遺跡(京都市南区久世)から長岡京(784~94年)期の掘っ立て柱の大型建物跡など多数の遺構が出土した。調査地は長岡京の北の外れに位置し、建物跡の性格は分かっていない。調査した京都市埋蔵文化財研究所は、造営当初から人が長岡京外に住宅や施設を設け、活発に活動していたことを物語る証拠だとしている。

国家の立て直しを図る桓武天皇の命で平城京から都を移すため、府南西部の桂川西岸一帯に造営された長岡京。しかし造営責任者の藤原種継(たねつぐ)が殺害された上、天災が重なるなどして、わずか10年で平安京に遷都した。

今回は工場建設に伴い長岡京北端の想定地から北約660メートルの約390平方メートルを発掘した。その結果、弥生時代の竪穴建物跡から平安時代中期(10世紀)の井戸跡までの遺構とともに、井戸の中から上向きに据えられた黒色土器椀(わん)が見つかるなどした。

このうち長岡京期では南北5間(約9メートル)、東西2間(約4メートル)の掘っ立て柱の建物跡などとともに、比較的身分の高い人物が活動していたことを物語る朱の付着した円面硯(すずり)の破片が出土した。

調査地は長岡京域の北の外れだが、これまでも京の北端から1キロ程度にわたり整備された道路跡や大型建物跡などが出土していた。市埋文研は「京内と同様、多くの人物が京外で生活あるいは活動していたことが推測できる」と評価した。

今回の成果について龍谷大の國下多美樹教授(考古学)は「湿地が多く住みにくい左京域の補完として北のはずれに生活空間を広げた可能性はある。長岡京北方の土地利用を解明する手がかりになった」と話した。(園田和洋)

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