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西陣に比べて地味な「東陣」をPRしたい 地元有志が案内板設置

産経ニュース 2024年7月30日 16時11分

室町時代に起きた応仁の乱で「西陣」とともに成立した「東陣(ひがしじん)」の存在をPRしようと、地元有志で結成した東陣プロジェクト委員会が活動10年を記念した案内板「『真如堂縁起絵巻』に見る応仁の乱」を上京税務署(京都市上京区)の外塀に設置した。

応仁の乱では、堀川の北西に屋敷を構える有力大名、山名宗全と室町幕府の重鎮、細川勝元が対立。山名が率いた西陣が織物産地として名が残ったのに対し、東陣の存在感は薄く、今はほとんど知られていない。このため地元有志がプロジェクト委員会を立ち上げ、平成27年から活動を続けている。

最初の案内板は翌28年、勝元邸があったと想定される小川公園(京都市上京区)内に、区役所と京都市考古資料館の協力を得て初めて設置された。今回の案内板で4カ所目となる。

真如堂(真正極楽寺)は吉田山(京都市左京区)に創建されるが、応仁の乱で焼失すると一時、現在の上京税務署周辺に移る。江戸時代には再び吉田山に戻り、現在は面影はないものの「元真如堂町」の町名が残るこの地に6月、案内板が設置された。

案内板には、応仁の乱で寺域に侵入して略奪を繰り返す武士や足軽の姿を描いた縁起絵巻(国重文)と、同志社女子大の山田邦和特任教授が作成した「戦国期上京復元図」を添え、寺の波乱の歴史を紹介した。

市考古資料館の山本雅和館長は「東陣には幕府の遺構や有名な寺院が数多く残っている。イベント開催や案内板を通じて存在を多くの人にアピールしたい」と話した。(園田和洋)

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