先日、長野を旅した。訪れるのは実に10余年ぶり。諏訪湖のほとり、山麓に鎮座する諏訪大社・四社を巡った。
同社は、上社の前宮・本宮、下社の春宮・秋宮の四社からなる。いずれの境内にも、4本の御柱(おんばしら)が、異様なまでの存在感をもってそそり立っている。
7年ごとに御宝殿(ごほうでん)と御柱を新たに造営する「おんばしらの神事」(御柱祭)は、山から大木を切り出し、里へと曳き立てる勇壮な祭りだ。大勢の氏子たちが御柱にまたがり急坂を猛々しく下る様子は映像などで度々目にして、脳裏に焼き付いている。
本宮、春宮、秋宮には本殿がなく、ご神山や自然そのものを崇める古代の信仰が息づいている。また、諏訪一帯には縄文遺跡が数多くあり、土偶や土器などが無数に出土している。四社のお社は、町一帯が見渡せる小高い場所にあって、この地ならではの原始的な息吹も感じさせる。
旅の途中で、諏訪の銘酒「真澄」の蔵元、宮坂醸造に立ち寄った。
蔵の直営ショップ「セラ真澄」には、お酒と共に地元の特産品や食卓を彩る酒器など、良質な商品が揃っている。
併設するテイスティングルームでは、有料試飲を楽しんだ。一面ガラス張りの窓から、美しい松の生えた庭が眺められ、その向こうに古い仕込み蔵の建物が続いている。
この諏訪蔵で、今から80年近く前に「協会七号」と呼ばれる優良酵母が発見された。ここから全国各地の酒蔵へと広まり、近代の醸造発展にも大きな役割を果たしたといわれる酵母である。
店員さんによれば、近年は、八ケ岳の麓にある富士見蔵を主力蔵として醸造されているそうだが、鑑評会に出品する酒などは、今も諏訪蔵で仕込まれているそうだ。
酵母特有の品のある穏やかな香りと、信州の山々に育まれた豊かな伏流水によって醸される澄んだ味わいは、まさにこの土地の風土、景色を宿している。
真澄の銘柄は、諏訪大社のご神宝「真澄の鏡」に由来する。諏訪大社では御神酒(おみき)として、真澄鏡の形を模した淡い青磁色の美しい陶器瓶に入れられ授与されている。実にやんごとなき美酒である。
絵・文 松浦すみれ
まつうら・すみれ ルポ&イラストレーター。昭和58年京都生まれ。京都の〝お酒の神様〟をまつる神社で巫女として奉職した経験から日本酒の魅力にはまる。著書に「日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ」(コトコト刊)。移住先の滋賀と京都を行き来しながら活動している。